書かれた文書を読む時、PCではほとんどの場合白い画面上に描かれた黒い文字を読む。 一部エディターなどでは画面が真っ黒になって、そこに白い文字が描かれる物もあるが、画面に画像を貼り付けた場合の違和感などもあり、利用されるケースは少ないと思う。
本の場合も白い紙面上に黒い文字が描かれているが、決定的な違いは、本の場合は文字は「白い紙の上に黒いインクで描かれたもの」であるのに対し、PCの場合は「白い発光画面を暗く消した描かれなかったもの」である点だ。
PCの画面は電源を切れば基本が真っ黒だ。 そこに電源を入れて白い背景を描写して、その画面の上に文字部分だけ繰り抜くように描写を止めたものが文字だ。 それに対して本の場合は、白い紙があって、そこに陽の光や照明の光が当たると反射して白く見える。 その紙の上にインクで字を描いた部分は反射しないので、文字が浮き上がるのだ。 つまりどちらも背景の上に文字を描写するのは同じでも、PCは背景を操作して文字を描き、本の場合は文字部分を操作して文字を描いていると言う訳だ。
この違いが人間に与える差はかなり大きな物がある様だ。 私の妻は熱心な愛読家で毎週図書館から本をひと抱え借りて来て、暇さえあれば読書している。 ところが、彼女はPC画面でエッセイやニュースなどの文章を読んでも全く没入できないと言うのだ。 同じ理由でPCを避けている友人が何人かいると言うのだ。
私にとってそんな差は全く感じないのだが、言われてみると理解できない訳ではない。 第一、PCの白い画面は生理学的に紫外線が眼に良くないと言われる通り、眼に負担を与えているのを感じる時がある。 一日中PCに向かって作業をしていると、夜には眼が疲れかすむようになって来るので余計そう感じる。
外見上は紙の上に書かれた文字と、PC画面に表示される文字の間には、大した差が無いように見えても、もしかしたらそうではないのかもしれない。 私はどちらかと言えばPC画面の方が好きで、紙の上の文字に特段の魅力を感じないのは、なんと言っても大きさをZOOMで自由に拡大して読める点だ。 最近のように老眼が進んで来るとこのメリットは大変大きい。 文庫本などはページを開いただけで直ぐに閉じて手放してしまう。
私は特別老眼が進んでいる方ではないと思うが、とてもじゃないが、あの細くて小さなフォントで書かれた文字を読む気は絶対しないし、読もうと思っても続けて集中して読むのは疲れる。 明るい照明の下で、眼鏡を二重掛けして眼を近づけないと気持ち良く読めない。
PC画面と本の紙面の間にどんな差があるのか興味を持った私は、とにかく妻が何故そう思うのか理由を突き止める事にした。
例え同じ活字であっても違いを感じるのは何故か? 私は妻に結構時間をかけて聞き出した。 最初は、「PC画面は疲れるから」と言っていた。 「エッセイを書く時は修正も簡単だし印刷も必要なのでPCを使う。スマホのLINEとかちょっとした検索などは問題ない。だけど長い文章を読む気がしない。」との事だった。 何故疲れるのか随分食い下がって聞いた。 紫外線のせいとかコントラストのせいとかもあるのかと思った。
食い下がって聞き続けてだんだん意味が分かって来た。 答えは私が予想しなかった方向から来た。 「本には表紙があって出版社と著者があって、出所がはっきりした物である」と言う事がかなり重要な意味を持っている様なのだ。 つまりPCの文書は「信用できない」と言うのである。 新聞はまぁまぁ信用できるからそれなりに気持ち良く読める。 しかしPCは信用する気がしないので気持ちが入らないと言う事なのだ。
そこまで聞いて、私は疑問が氷解した。 私にとってのSNSと同じなのである。 今やX・Instagram・Tiktokが常識で、TVでも「そこで見たので買った、訪れてみた」とかの話が毎日のように紹介されている。 SNS大好きの方には申し訳ないが、私はSNSは限定的にしか使わない。 それは流れて来る情報は基本的に「信用できない」からだ。 もちろん大半は正しい情報なのだが、玉石混合の状態、すなわち発信者の素性がわからない。 もしかしたら小学生が発信者かもしれない情報、たまに見かける訳の分からない人が発信者だったり、故意に悪意を持って流しているデマ情報である事を識別できない環境には余り関わりたくないのだ。
これは妻が言っていたPC上で見る文書、おそらくほとんどがネット上の文書と言う事になるが、それに対して持っている不信感と大変似ている事に気が付いた。 そして彼女にとっての「新聞」が、恐らく私にとっての「Web上での情報」と似たような位置づけになると思う。 私はインターネット上のWebページの情報は見る事があるが、SNSほどではないにしても、頭から信じる事はしない。
ただ、PC上で読む出所確かなデジタル書籍もあるし、PC上でも信用できる情報はたくさんあるので、PCは信用できないと言うのはちょっと極端に聞こえる。 私が理解したのは、積極的にPCは信用できないと思っているのではなく、本を沢山読む人は、本を手にした時の安心感が心の中にしっかりと根付いているので、無意識のうちに逆説的にPCでの文書拝読には安心感がないと感じてしまうのではないかと思った。
もっと生理学的、精神論的な違いがあるのかと、興味深々だったのだが、意外なところに理由があった。
もちろん、これは人によってかなり差があるのだろうと思う。 根っからのPC人間にとってはとても興味深いテーマだ。