夢に映る心の風景

夢を見ると面白い事がたくさんあるが、多くの場合目が覚めてすぐに忘れ始め、すっかり覚醒した頃にはそのあらすじも登場人物の顔もほとんど忘れてしまう。 その全てを潜り抜けてしっかりと記憶に残って、夢で見た事を人にしっかりと語れる事はまれである。

 

興味深いのは、リクライニング・シートを少し倒して、書こうとしている文章の内容など考えて見ようとした時だ。 これは全く成果が出ない、禁じ手だ。 自分の意識が夢と現実の世界を行き来するのだ。

 

目を閉じて考えた事を次々にPC画面のWordの白紙に書き足して行く。 ところが、ふともう一度画面を見ると何も書いてない。 「あ、夢だったんだ、寝ていたんだ」と気付いて、改めてPCの画面に書き足す。 だが、もう一度画面を見ると何も書いてない。 その繰り返しが始まるのだ。

 

とうとう夢の中で痺れを切らした様子の妻が私の部屋に来た。 「今すぐ行くから先に昼ご飯食べていてって言うから、先に食べて待っていたのに、何時までたっても来ないし、もう2時になるわよ!」と起こされた。 「だって何度も書いてもちっとも進まなくて、大変だったんだから・・・」と言いながら階下に降りたところで目が覚めた。 結局PC画面には何も書かれていなかった。

 

ベッドに入って寝た場合、夢を見ても眠ると決めてベッドに入ったのだからこんな事はない。 時間を、無駄にしたくなかったら、眠たい時は思い切って布団に入ってきちんと寝る事だ。 30分でいい。 そういう時は頭がスッキリして文章がどんどん形になる。

 

さて、夜寝た時に見る夢は、その時の自分の精神状態を反映していると良く聞くが、私は最近笑えるような夢ばかり見る。 いままで人生で出逢った色々な人が登場するのだが、全然別の時代と場所で出逢った人が、一緒に登場して訳の分からない滑稽な場面を演出する。

 

そう言えば昔、会社勤めをしていた頃は、嫌な夢ばかり見ていた。 うなされて苦しい思いをするような事が多かった。 寝言を言ったり、自分の大きな寝言で目が覚めた事もあった。 今から思うと単に仕事のストレスだけではなかった。 元々仕事にストレスを感じるほど深刻になって身を投じて来なかった。 おそらく夜遊びを含め、生活が荒れていたからだと思う。

 

今は、コメディのような場面の夢ばかり見ていると言う事は、それだけ平和で幸せな毎日を送っていると言う事だろうが、少し情けない気もする。 ただ、昔から「夢は心の鏡」と言われているが、それから推察すると、決して悪い状況ではなさそうだ。 確かに昔と較べれば、今は本当に人並な「真人間」になったと思う。

 

確かに最近は、トイレに目が覚めた時、「続きが見たい!」と思う事が多い。 トイレに行ってベッドに戻るまでの間、必死になって夢の登場人物とか粗筋を覚えていようとするのだが、戻って来た時には粗方忘れている。

 

昔、夢でうなされていた頃と較べたら月とスッポンである。 あの頃はうなされて汗をかいて夢から眼を覚ましたら、必死で目を覚まそうとしてすぐに寝ようとしなかった。 続きを見るのが怖かったのだ。

 

夢は本当に心の鏡だ。 いい夢が見れている時、自分はいい生活を送れている。

 

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