近年オーバーツーリズムが問題として騒がれている。 特に京都や鎌倉での問題が深刻に取り上げられている。 特長的なのは外国人比率が多く、過半数が外国人となっている。 おかげで日本の学校の修学旅行先を定番の京都から他の都市へ変更する動きまで出ている状況だ。
円安で海外観光客にとっては割安で日本旅行の魅力を高めている。 特に韓国・中国・台湾は人々の生活が豊かになり隣の国日本が海外旅行先の絶好のターゲットとなっている。
今や日本中どこへ行っても外国人で溢れ返っている。 とりわけ有名観光地の外国人の多さはもはやここは何処の国だと思いたくなるような状況だ。
観光業界はお陰で大賑わいだが、手放しで喜べる状態ではないようだ。 肝心の日本人が混雑を嫌って有名観光地を避けたり、訪れようと思っても予約がとれなかったり、受け入れる側としてもどう調整するか対応に苦労している様だ。
オーバーツーリズムで外国人が溢れる観光地では、外国人の日本や日本人に対する敬意が薄れ、お祭り気分の外国人観光客のいたずら・落書き・器物損壊が続いている。 大切な歴史的な観光資産を傷つけたり汚したりと腹立たしい事態が増えて来た。
適度な外国人観光客の来日は、観光業界を活性化し、関連業界にも好循環を生み出すが、度を越せば弊害となる。
人によって「旅」に求める物は異なると思う。 国内でも海外でも著名な観光地を是非この目に収めてこの足で地を踏みたいと思う人は多いと思う。 しかし、私は昔からちょっと変わっていて、人の集まる有名な観光地にはあまり足を踏み入れたくない方だ。 混雑しているし、そもそもあまり関心がないからだと思う。
期間と大まかな行程を決めただけで始めるような旅行では、一応有名な観光地があるかは事前に確かめるが、後で人に話した時に、「え?あそこに行ったのにあれ見なかったの?」と言われた時に、せめて「○○は見たよ」と言えるようにするくらいの気持ちはあるからだ。 従ってその目的地に到着すると、ささ~~っとスルーするが如く、ちらっと見学して写真を2~3枚撮ったら立ち去ってしまう事が多い。
特に海外でどこかを訪れた時に、私が興味あるのは普通の地元の人達の暮らしの風景だ。 日本で良く言う所の「下町の路地裏」の絵になる風景とその雰囲気を五感で感じ取るのが大好きだ。 どの国に行ってもそう言う所ではほとんど他の観光客と出くわす事はない。
そういう路地裏で飾りっ気のない店や飲食店、露店をさ迷っていると時間を経つのを忘れてしまう。 そんな中にある屋台で地元の昔からの庶民の郷土食を味わうと、どんな高級レストランで食べるご馳走より美味しいと感じる。 「あ~、この国ではこう言う普通の暮らしが毎日繰り返えされているんだなぁ」と、とても素晴らしい学びと印象深い体験をさせて貰ったと心から感動する。
そんな路地裏で、その国の言葉をたった一言でも話そうものなら、人々はとても喜んで心を開いてくれる。 簡単な事でも小さな事でも、現地の人達となんらかの心が通い合った想い出が出来る事も決して珍しくない。 そんな時、自分は単なる観光では得られない旅の意味を噛みしめる。 誰が行っても同じ体験をして来る「既製品」の旅と、自分だけの「オリジナル品」の旅の違いがそこにある。
今、オーバーツーリズムの問題を抱えている人気観光地を持つ国は沢山ある。 観光に関する規制を掛けている国もあり、日本だけの問題ではない。 特にペルーのマチュピチュなどは京都や鎌倉と同じように観光エリアが狭いので大変な混雑状況になって入場制限まで掛けられている状況だ。
マチュピチュなどのように遺跡そのものが目的であったり、ガラパゴス諸島など小さな島全体が目的であったりする場合は別だが、ひとつの国を観光で訪れる時はちょっと視点を変えてみるのも面白いのではないだろうか。
その国のオーバーツーリズムに「加担」する事なく新しい異文化への接し方がある事を、身を以って体験できるのではないかと思う。