怖いけど凄い! 凄いけど怖い! AIの2面性

世の中AIブームだ。 ついこの間までは最新技術として「なんだこんな物」位の存在だったのが、あれよあれよと言う間に生活に浸透して来た。

 

昭和生まれの私は最初からAIには否定的だった。 人間本来の能力を奪い、人間を無能化するばかりでなく、将来は権力者にプログラムを埋め込まれ、史上最大の殺人兵器になる事を憂慮していた。

 

私の最初のAIとの接点は、息子がスマホでChatGPTに質問する所を見せてくれた事だった。 それにはさすがに私の食指が動いた。 とりあえず自分もやって見ようとしたがスマホのiPhone Xでは使えるOSのバージョンに制限があってChatGPTの環境条件を満たさない事がわかった。 そのお陰でスマホには何も不自由を感じてなかったのに、大枚をはたいて新しいiPhoneに買い替える事になった。

 

そして、それから幾らも時が経たないうちに、Microsoft365のバージョンアップと共にPCにインストールされたCopilotが私を一瞬幻滅させた。 文章書きの代表的なプラットフォームであるWordが、お願いすれば即座に立派な文章を出力するAIと一緒について来るなんて、文章作成に頭を使わない事を推奨しているのと同じだと愕然とした。

 

しかし折に触れChatGPTCopilotを使っている内にどんどん敵の術中にはまって行く自分がいた。 これらAIチャット形式で一つ質問した後は、次々と次の質問の候補まで挙げてくれて、とことん私に付き合ってくれる。 質問内容が次々に細分化され、問題解決まで確実に相手してくれる。 もはやこれは献身的な誰かがいて、私の為に知恵を授けてくれようと一肌も二肌も脱いでくれようとしている以外とは考えられない。 私の妻が私のスマホのChatGPTから流れて来る解答の音声を聞いた時、「このAIって外国人?」って質問して私をずっこけさせた時の気持ちがわかるようになっていた。

 

仲の良い友人3人組が飲み屋で談笑している写真をCopilotにアップロードして「喧嘩させてください」と入力したら取っ組み合いの大喧嘩の写真になった。 もう世の中の情報が信じられなくなりそうだ。 いや、もはや安易に鵜呑みにしてはならないと確信した。

 

私は永年不明点はYAHOOの検索にすべて頼って来た。 YAHOOは関連ワードや検索キーをいくつか並べて関連記事を「検索」させる物だった。 しかしAIは、かなり長い質問文をもきちんと理解し、質問者と会話をしながら間違いない的確な解答まで導いてくれる。 もはやYAHOOの検索機能は前時代の遺物と化してしまったようだ。

 

身近な所で力になってくれたのは、このnoteのヘルプにあったChatGPTに記事に最適なタグを7つ作らせる質問テンプレートだった。 そのテンプレート自体、あきらかに「ChatGPTさん」に質問の意図と内容を語りかける会話文的で長いものだった。 「あ~~、こんな風に質問できるし、それを理解して貰えるんだ!」といい勉強になった。 そして試してみて、自分が今までしていたタグ付けが如何に意味のない無駄な効果もない屑だったのかわかった。 たくさん並べれば良いってものじゃないし、記事の中からやたら重要な単語を拾えば良いってものではない事もわかった。 「AI先生」はすごい!!

 

潔癖症の私は今まで公開した全ての記事のタグを変更する事になった。 大変な作業だった。 そして少なくとも規則に従った単純作業はAIの独壇場だと思った。

 

更に記事のタイトルも書いた内容を要約し尋ねると最適なタイトルとその理由までいくつか並べてくれる。 それをそのまま使うと言う目的ではなく、色々な考え方でどういう見せ方ができるのか、事例研究が出来て面白いのだ。 AIは今まで人間が出来なかったことを確実に出来る様にしてくれた素晴らしい存在だ。 ここまで色々試してきた時、もはやAIを手放させない私がいた。

 

ただ、どちらのAIも、テーマを指定すればエッセイの構成から始まって、次々にエッセイの「創作」を手伝ってくれる。 恐ろしいほど立派なエッセイが頭を使わずしてあっと言う間に出来て行く。 これを見るとやはりAIは恐ろしい。 最初に Copilotに出逢ってWord上で体験した失望と恐怖と怒りが入り混じった感情が込み上げて来る。

 

「私は」であるが、AIに記事の文章を書かせるような事は絶対に受け入れられない。 そうだったらもう私が書く意味がなくなってしまう。 創作の世界には絶対立ち入って貰いたくない、と言うか、その世界では関わり合いたくない。 あくまでも検索機能や情報収集、定型的な分析、技術的な作業などだけのお友達でいたいと思っている。

 

間違いなく、ここで私が触れたAIの機能などは当たり前の超初歩の話である事はわかっている。 でも、出来ればこの程度であって欲しい。

 

noteに限らずネット上にはAIがらみの記事や動画は氾濫しているが、私はひたすら目を背けている。 「君子危うきには近寄らず」である。 ただいつまでそうしていられるか自信はない。

 

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