「国宝」で目覚めた伝統芸能

話題の映画「国宝」を観た。 多くの人は「感動した!」と言っておられるようだが、私の場合は「度肝を抜かれた!」とか「凄かった!」と言う表現の方が合っていると思う。

 

映画にはもともとあまり興味はなく、面白がって一生懸命観たのは「寅さん」位だった。 「国宝」も妻のお供で渋々ついて行ったもので、始まったら早々に寝るつもりだった。 ところが始まっていきなり最初からガツ~ンと衝撃が来た。 寝るなんて絶対不可能だった。 3時間は圧倒されたまま過ぎた。 予想に反し、完全にノックアウトされてしまった。

 

私は仕事を通して、海外の文化に触れる機会が色々あった。 自由に生活ができたスペインで出逢ったフラメンコは特に強烈だった。 アジア諸国で触れた仏教やイスラム教・ヒンズー教の宗教文化も鮮烈だった。

 

しかし日本の伝統文化については、その独自性は誇るべき物だとは思っていたものの関心を持って向き合った事はなかった。 愚かだった。 特に、能・狂言・歌舞伎と言ったらあまり興味のない歴史上の文化くらいにしか思っていなかった。 そのようにしか思っていなかったので、当然見ようともしなかった。

 

結局一度もまともに鑑賞もしないままこの歳を迎えてしまった。 この日本の伝統芸能を支えて来てくれている多くの方々に申し訳なく恥ずかしい気持ちで一杯になってしまった。 

 

歌舞伎にはあれほど洗練され完成された動きと、絞り出すような人の心の嗚咽(おえつ)にも似た奥深い声の世界があるとは知らなかった。 また、歌舞伎役者の目の周りの色際立った化粧の意味を強く感じた。 強烈な視線を放つ役者の動きや視線の強さが心の内を見事に表現していた。

 

この映画の中で見る事ができた歌舞伎は、幅広く多様な歌舞伎の世界の中のほんの限られた一部でしかないと思うが、全く予備知識もなく初めて歌舞伎に触れた人間が、強烈な印象と興味を持つには十分だった。

 

そう言えば高校一年生の時のクラスの同級生に歌舞伎が趣味だと言う女の子がいた。 あまりにも印象的だったので、60年近く経った今でもその子の顔ははっきりと覚えている。 歌舞伎が趣味の対象になる事自体が驚きだったので、その子は想像しがたい感性を持っていると感じていた。 今思えば、あの歳で持っていたあの突出した感受性は本当に素晴らしかったと改めて感服してしまう。

 

この映画のストーリーはもちろん壮絶な胸を打つものだったが、私にとってはストーリーは二の次で、歌舞伎の世界に多少なりとも開眼したと言う事が何よりの経験となった。 

 

早速図書館に行って「歌舞伎がわかる本」を借りて来た。 この際、同じ日本の伝統芸能である能と狂言も覗いてみようと「能と狂言を楽しむ本」もついでに借りて来た。 

 

日本人として生まれ育って来たのだから、生きている間に忘れ物を残さないように、できるだけこの日本の伝統芸能の世界に目を向けて、少しでも理解を深めて感動をたくさん体験してみたいと思う。 「国宝」との出逢いに感謝している。

 

また一つ、人生で間に合った事が増えた。

 

 

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