自分が自分の歳を意識し始めたのは50歳になるかならないかの頃だった。 いつも飲みに行く築地の寿司屋で良く一緒になる地元の爺さんがいた。 爺さんと呼ぶが、その時75歳と伺っていたので、今の私とほとんど変わらない。 その爺さんは酔っぱらうといつも私に「若くていいなぁ~」と自分の遊び暮らしていたころを懐かしく思い出すように語った。
私は驚いたものだ。 「え!?若いですか? もう49ですよ!」と、今の私なら、言われたら椅子からずっこけ落ちそうになるリアクションをしていた。 その爺さんは、目を丸くして「若いよ~~!」と大笑いしていた。 その時は爺さんが何故笑うのか理解できなかった。
その頃、確かに自分は歳を取り一生の中では下降期に入ったと思い始めていた。 2倍すれば100歳だからそれは間違いではなかった。 しかしそこから先は余り深く考えることはなかった。 実際、毎年階段を昇り詰めていたのだが、人生はまだまだ先があると悠然と構えていて、老後なんか自分に無縁な物と考えていた。
それが突如変わったのが70歳と言う節目の年齢だった。 身体の健康と体力がくっと落ち始めるタイミングだ。 多くの人が隠居生活に入る時期であり、精神面で老後と言う言葉が現実の物としてのしかかって来る。 覚悟をするのである。 いつの間にか、いつポックリ逝っても誰も「え?まだお若いのにねぇ」と言ってくれなくなる歳になって行くのだ。 突然歳をとったのではないのだが、そんな事に突然気が付くのだ。
70歳になったばかりの頃、娘が孫を連れて我が家に遊びに来た時に、撮影した写真を見せてくれた事があった。 何枚かめくって可愛い孫の写真を見ていると、次の写真には横から白髪頭の爺さんが顔を出し邪魔をしていた。 「なんだこのじじぃは!」と声を出して言ったあとで、そのじじぃは自分だった事に気がついた。 即座に笑われた。 事々左様に自分だけは歳をとってないつもりだったのだ。 鏡を見ない限り、自分の姿は見えないからだ。
こうなったら、せっかちで中途半端が嫌いな私は突如身辺整理を始めた。 自分にもしもの事が起きた時に残された妻が困らないように、墓場まで持って行けない「物」はすべて処分して身軽になる決意をした。
私は永年アマチュア無線に親しんで来たので家の中は機械だらけだった。
それこそ捨てるにしたってトラック1台では積めないだけあった。 屋根裏部屋まで機材や部品などが一杯で床が落ちそうなくらいだった。
庭には25mの高さの鉄塔に臨家まで越境した大きな短波帯のアンテナが載っていた。
腹をくくった私は業者を呼んでそれらを一挙に廃棄処分したのだ。 驚いたのは近所の方たちだと思う。
こうやって私は家の中から永年の趣味で使った物と言う物を徹底的に処分した。 残っているのは人生最後に挑戦した個人事業で使った機材や書類だけである。 これだけは私の誇れる足跡として残そうと決めていた。
これですっきり身軽になった。 嘘みたいに家の中はすっきりした。 そしてお茶道具や皿・壺などの妻の物が存在感を示すようになっていた。
墓場まで持って行けるのは想い出だけだ。
これからは永年苦労ばかりかけた妻の為に、妻との想い出を作る日々を過ごしたい。
そう思ったら、いつの間にか寿命が近づく事への焦りが消えていた。

