『男はつらいよ』の第七作「奮闘篇」には、三十数年ぶりに寅を産んだ母が葛飾柴又のとらやを訪ねる場面がある。 寅さんは、とらやの主人の兄が芸者に産ませた子であり、その母という人は、寅さんを母として育てたことのない女性だった。
貧乏芸者だった母は生活に大変苦労し、今では京都のラブホテルを経営している。 二年前に「一目母を見たい」と訪ねてきた寅さんに会ったきりになっていたが、最近寅さんから「結婚するかもしれない」と手紙をもらった。 息子のめでたい知らせに感激し、寅さんが育てられた葛飾柴又、とらやを訪ねてきたのである。
寅の母は思いきり派手な服を身にまとい、狭い柴又帝釈天の参道に、黒塗りのキャデラックのハイヤーという大型車で乗り付けた。 寅さんは留守だったため、宿泊先で待っているので寅さんにそう伝えて欲しいと言い残した。 そのホテルは、日本最大の帝国ホテルだった。
寅の叔父は、「貧乏芸者だった寅の母は、三十数年ぶりに柴又に戻ってきて、精一杯無理をして故郷に錦を飾りたかったんだよ」と語った。
確かに、その母が今ではラブホテルの経営者とはいえ、あれほど羽振りの良さを見せられる程の身分ではないことは明らかだった。
人生で人から認められるような成功を収めた人は(「何が成功か」という議論はさておき)、故郷に帰れば本当に錦に包まれて輝いた姿を見せるのだろう。
しかし、そういう意味で故郷に錦を飾れる人は、ごく限られている。
むしろ「故郷に錦を飾る」と聞くと、人に認められたいとか、今の成功した自分を誇示したい、あるいは劣等意識の裏返しといった印象すらある。
自分の人生も振り返りながら、この言葉の持つ意味について深く考えてみた。
すると、もっとポジティブな側面もあるのではないかと気づいた。
他人の目を気にしたり、他人に見せるためのものではなく、自分自身のための行為でもあるのだ。 過去の、幼く未熟で夢にあふれていた頃の自分を振り返り、「良く頑張ったね」と褒めてあげたい思いもある。
また、あの故郷で育ったからこそ今の自分があるという、故郷への感謝の気持ちもある。
そして、最近の私がよく考える「自分と言う人生の物語」を完成させるうえで、心の原風景でもある故郷は欠かせないという思いもあるのではないかと思う。
ひとことで言えば、
「成功の誇示ではなく、お世話になった人たちや故郷に感謝を胸に、自分の人生物語を完成させ、静かに閉じたいという思い」
と言えるかもしれない。
もしかしたら、寅の母は成功した自分の姿を見せたかったのではなく、「産んだあと何もしてやれなかった息子に、せめて立派に見える姿で会いたい」という、母としての最後のこだわりだったのかもしれない。 罪悪感と愛情の入り混じった、ぎこちない母性の表現は、原作者・山田洋次氏ならではの世界だったのだろう。
よくよく世の中を眺めてみると、本当に人生に成功した人は、故郷に錦を飾ろうとは思わないのかもしれない。
そうなると、ポジティブな考えを持っている人にとって「故郷に錦を飾る」とは、自分の心の中の言葉であり、口に出して言う人は、むしろ劣等意識を錦で飾っているのかもしれない。
ところで、私は同窓会が大嫌いな「旧交は温めない」人間なので、過ぎ去った故郷に戻って錦をどうこうするという発想自体が毛頭ない。
私にとっての錦は、私が残すことができた「私ならではの足跡」にある。
それは趣味の世界や個人事業の世界で、私にしか成し遂げられなかったものだ。 それは自分の人生物語の核であり、物語を完成させるための自己満足でもある。 しかし、自分にそう言い聞かせている限りでは、あまり大したものではなさそうだ。