私がもし生まれ変わったら、絶対やりたい事。 それは大学を一年休学して世界一周旅行をする事だ。 私の学生時代、1970年代は海外旅行に行く事自体が一代イベントで大騒ぎする時代だったので世界一周旅行など全く考えられなかった。
私は大学4年生で就職が決まって卒業式後、入社式までの1ヶ月余りを利用してアメリカ旅行に出掛けた。 西海岸を北のアラスカのアンカレッジから南のサンディエゴまでの旅だったが、友人が20人も羽田空港まで見送りに来るくらいの大騒ぎの出来事だった。
今や、海外旅行は当たり前で珍しくもなんともなく、学生から80代のお年寄りまで気軽に楽しめる時代となった。 アメリカの西海岸旅行なんて全く簡単にできる旅行だ。
大学を休学したり、就職を遅らせたり、会社を辞めて転職までの時間を利用したりして、世界一周旅行を楽しんでいる人の話を良く聞くが、本当にうらやましく思う。
今は、仕事や新婚旅行など海外旅行をする機会はいくらでもあるが、世界をまんべんなく見て来た事のある人は滅多にいない。 貴重な学生時代に1年かけて「世界一周」貧乏旅行ができたら、本当に一生の宝物だと思う。
およそこの世に贅沢な事は色々とある。 豪華な屋敷に住み、高級品を身に付けて、高級車を何台も乗り回す、などは誰でも真っ先に思い浮かべる贅沢だろう。
もちろん、私はそんな絵の様な世界とは全く縁がなく、私は郊外にかろうじて小さな一軒家を建て、安売り洋服店の衣服ではあるが不自由なく身に付け、中古車ではあるが好きに車を乗り回して生きて来た。 それが贅沢かどうかは「比較の問題」であって、一部の貧しい国々の人達の暮らしと較べれば、間違いなく上流階級の贅沢な暮らしである。
そんな中でどこの国でどんな暮らしをしている人にとっても変わらない「贅沢」とは「旅行」だと思う。
昭和の時代、旅行と言えば、まず浮かぶ人は「兼高かおる」であった。 2019年に90歳で亡くなったインド人を父親にもつ美人ジャーナリストだった。 人気TV番組「兼高かおる世界の旅」で30年以上レポーターを務め、海外旅行と言えば誰もが兼高かおるを思い出すほど一年中世界を旅していたのは本当に凄かったし羨ましかった。
私はその後、仕事でヨーロッパ各国、東南アジア各国、オーストラリア、フィジー、インド、モンゴルも在住ないしは訪問する機会があった。 それが例え1~2週間の短い出張の場合でも、仕事を終えた後の夜とか、週末の2日間は仕事以上にパワーアップして探訪に精を出した。 思えば私が人生で最も燃えた瞬間は、そう言った海外を探訪していた時だった。
見聞きするもの、そこで生活している人の姿や身に付けている物、住んでいる住居、街並みの姿・雰囲気、食べる物、道路や走っている車、空気の匂い、人々の身の振る舞い、喋っている言葉、聴こえて来る歌や音楽、そう言った全ての物が日本での日常と異なっていて、刺激と発見の連続で新鮮だった。
私は「高みの見物」でふらっと来てそこにいるが、彼らはいつもの通りの当たり前の日常生活の中だ。 それには太古の昔からの歴史があり、先人たちの努力があり、そして目の前にいる彼ら自身の真剣な生活があって、私にはそれが見えて感じる事ができている。 私は図々しくそれを切り取って味わっている。 何と言う贅沢な事だろうと思った。
およそ旅と言う物は、自分の日常を離れ、他人の日常に入ってそれを切り取って味わう事だと思う。 だからたまらなく感動するし、印象に残るし、楽しくなるし、また来たいと思う。 幾らお金を積んでも買えない物だ。 いくら大金持ちでも自分が実際にそこに足を運んで体験しなければ何も得られない。 この実際にそこに足を運んで体験する事を「旅」と言うのだ。 だから旅が人生で一番の贅沢と言えると思っている。
旅は海外旅行とは限らない。 私はサラリーマン時代も、還暦から始めた個人事業でも南は沖縄から北は北海道まで国内多くの地を訪れる機会があった。 国内旅行もその地方独特の風景と言葉があり、特産の食べ物も変わる。 住んでいる人達の人情も違うし印象に残る出逢いも多い。
海外旅行の様な想像もしなかったような驚きの出逢いは少ないかもしれないが、同じ日本で同じ日本人の異なる姿を知る世界は、より深い次元での発見や感動をもたらしてくれる。 例えそれが隣町のへの小さな旅であっても、そこで暮らしている人達の「日常」は自分の「非日常」だ。
旅は誰にでもできる。 幾つになっても身体が動く限りできる。 小さな旅も大きな旅も、最高の贅沢である事には変わりはない。 もうこれからは小さな旅でいい。 お金があっても無くても手に入る、人生最高の贅沢を最期まで堪能して見たい。