40代半ばから10年間、天体観測に夢中になった日々を過ごした。
夜な夜な庭に自分で建設した観測小屋に設置した天体望遠鏡と電子画像撮影システムで、翌日勤めがあるのにも拘わらず2時、3時まで撮影に没頭した。
そういうシステムでないと、望遠鏡を覗いても直接目では見えない遠い暗い天体を訪れる為だった。
ロケットに乗って国際宇宙ステーションが周回している大気圏外に出て、更にロケットを加速して地球の重力圏を抜け出して地球から遠ざかって行くと、闇夜の宇宙に到達する。 遠くに太陽と言う恒星が燃えていてその一点だけが眩しく輝いている。 見渡すと遠くに太陽の周りを回る幾つかの惑星が太陽からの光を反射して怪しく光って見える。 そこは太陽系と呼ばれる我々が最も親しみのある宇宙だ。
暗闇のずっと向こうに目をやると輝いている小さな星々が見える。 そのひとつひとつが太陽と同じような燃える星、恒星だ。 そしてその恒星の周りをまた地球と同じような幾つかの惑星が回っている。 別の恒星(太陽)系だ。
そこで目のズームレンズを思いきり広角側に広げると、そんな無数の恒星系が気の遠くなるほど大きな空間の中で沢山集まってひとつの集団をなしている。 その集まり銀河系と呼ぶ。 そして宇宙にはこの銀河系のような集団、つまり他の銀河系が無数にある。 小宇宙と称されるこの銀河系のような集団は外から見ると多くは渦を巻いて見える。 私が望遠鏡で覗き撮影しているのは銀河系の外のずっと遠くにある別の小宇宙たちだ。
そんな小宇宙は世界最大の天体望遠鏡を使っても何日間もシャッターを開いたままにしてやっと写るほど遠くにあり暗いものもある。
何処まで遠くにそんな小宇宙が存在しているのか? 宇宙が誕生してから138億年と言われている。 だから今見えている宇宙の姿は少なくとも138億年前以降の姿だ。 逆に言うと138億光年(光が138億年かかって届く距離)と言う距離の先には何も存在しないと言うことになる。
夜空を見上げ、とてつもなく広く大きな宇宙を感じていると、それを見ている自分の姿が小さくてまるで漫画のようだ。 まったく比較にならなくて現実の物とは思えない。 これほどまでに小さく、これほどまでに非力で、ただ夢の中で無限の空間に浮かんでいるかのような自分の姿が見えてくる。
目を夜空から下に移し現実の世界に戻ると、こんなちっぽけな星の上で起きている醜い犯罪や争いごとに、人間はいったい何をやっているのかと思います。
無数にある太陽以外の恒星を周る惑星の中には、もしかしたら地球と同じように生命が存在し育まれる環境が整っているものがあるかもしれない。 でもそれはほとんど偶然に近い出来事に違いない。
地球上の人々はそんな恵まれた幸運を何故踏みにじるのか。
すべての人がいつも星空を穏やかに見上げていたら、世の中はこうはならなかったのではないかと、一瞬思ってしまう。
だけど今日の食べ物に飢えている貧しい国の人たちに空に輝く星には全く価値がない。 逆に富んでいる者は星の輝きを愛でるより、自分の資産と立場を守るのに心血を注ぐ。
飢えても富んでも欲に翻弄される人たちが地球上には溢れかえっている。
せめて自分だけでもいつも夜空を見上げて生きている一人でいたい。


