記憶の中の素晴らしい世界は、時の流れと共に静かに姿を消し、二度と目の前には現れない。
思い出の中にある若き日の美貌に、もう一度触れ恋焦がれようとしても、その姿は夢だったかのように遠ざかっていく。
日本では「古き良き時代」と言えば、戦後復興と高度経済成長に沸いた昭和が語られる。
海外でも、アメリカなら西部開拓時代や戦後の繁栄を指すように、どの国にも「かつての輝き」がある。
昭和生まれの私は、その文化が大きく変貌していく過程を、身をもって体験した。
どれほど懐かしんでも、どれほど憧れても、『男はつらいよ』の世界はもう戻らない。
愛した国が姿を変えていくのを見るのは、理屈では理解していても、心は簡単には受け入れられない。
スペインとの出会い
私が留学した1984年は、36年続いたフランコ独裁政権が1975年に終わり、1982年に社会労働党が総選挙で勝利して民主化が正式に始まった直後だった。
街にはまだ独裁政権時代を懐かしむフランキスタ(フランコ支持者)の老人が残り、過去と未来が同居する独特の空気が漂っていた。
私はスペインの文化に一瞬で魅了された。
日本とはまったく異なる世界が、私の価値観を根底から揺さぶった。
素朴で明るく自由な生き方は、自分が抱えて来た価値観がいかに窮屈であったかを突き付けた。
夏休みに一ヶ月かけて車で全国一周の旅をして、各地の風景と文化、人々の息づかいに触れた。
南部アンダルシアの輝く太陽と乾いた大地に舞うフラメンコ。
北部ガリシア、アストゥーリアス、カンタブリアの湿潤な気候と穏やかな空気。
ラ・マンチャの台地に並ぶ風車がつくるドン・キホーテの世界。
スペインの心臓部と言うべき歴史の重層するカスティージャ。
ヨーロッパ他国のへの回廊、ピレネー山脈の高原の香り。
そして地中海に浮かぶマジョルカ、メノルカ、イビサの眩しい太陽と海。
スペイン全土に広がる光と影のコントラストは、私の感性の根幹に深く突き刺さった。
私は無条件にスペインの風景と文化に酔いしれていった。
再訪と喪失
十年近く前、私は三十二年振りにスペインを再訪した。
タイムラプス作品の制作と、懐かしい学友たちとの再会のためだった。
彼らはすっかり叔父さん、叔母さんになり、昔の面影との落差に戸惑った。
三週間ほどかけて3,800Kmを車で巡り、三十三年前に走った8,800Kmの旅で心に刻まれた景色を辿った。
街道筋だけではなく、立ち寄る街々の懐かしい姿にも触れようとした。
しかし、そこには思い出の中のスペインはどこにもなかった。
不便だった石造りの街並み、しっとりと流れる日常の営み、人間が生きる世界そのものだと思わせたあの空気は、近代化の波に洗われ、便利になり、もはや「スペインである必要のない風景」へ変わっていた。
それは、今の日本に昭和の姿がないことと同じだった。
理屈では分かっていた。
だが三十三年間、私の中で生き続け、価値観を揺さぶり導いてくれた世界は、どんなときにも心の中でずっと輝いていたのだ。
時間の摂理
私たちは大きな時間の流れの中で生きている。
固定されたもの、不変なものはなく、すべてが一度限りの出会いの連続である。
良いものも悪いものも、時が過ぎ去れば消えていく。
嫌なことも悪い事も永遠には続かない。
そう思えば、人生に悲観する必要も、怒りに囚われる必要もない。
人生のあらゆる出会いは一度きり。
すべてを運命として受け入れ、丁寧に生きる。
そんなことを思わずにはいられないほど、時間の摂理を深く感じた。