どうでも良い「独りよがり」と思われるかもしれないが、「自分にしか価値がない自分の足跡」がどれだけ自分の心を温かく照らしてくれるのか、あらためて知ることになった。
私のいくつかある趣味の中で一番熱中したものは「アマチュア無線」である。どれだけ多くの時間と金を使ったか、簡単に言葉にすることをためらってしまうくらいの存在だった。私の歴史は、アマチュア無線なしでは到底語り切れないほどだ。
ところが十五年ほど前、個人事業を始める直前に、思う所があって完全に手放してしまった。機材だけはそのまま残っていたが、それも数年前に「終活」を敢行し、庭に建設した鉄塔や大きなアンテナ、そしてまるで博物館のように部屋一杯に並んだ何台もの無線機すべてを処分してしまった。
その無線機が並んだ様は、その道に傾倒した人間が、憧れを追い続けた末にたどり着いた、「物欲」に翻弄された男の心内をそのまま表している。

集めた無線機がずらりと並んだ無線室
この画像に写っている無線機の多くは、その時代に一世を風靡した最新鋭の無線機で永年無線をやってきた人ならだれでも注目する憧れのラインアップだ。
しかし、その無線機の前に写っている私の顔は、何度見ても醜く情けない。
私は、数年前にこの写真に写っている無線機の大半を惜しげもなく廃棄した。
ただ金の力だけで揃えたものを並べて満悦にしている自分の姿に嫌気がさしたからだ。一台一台、中古市場で売ればかなりの金額にはなったと思うが、やめようと決意したら、そんな自分とは一日も早く決別したかったのだと思う。
さて、このエッセイのTOP画像(アイキャッチ画像)は今の私の寝室の片隅に置いてある机の上だ。
ここに写っている無線機だけは、処分しないで今でもこうして大事に残している「宝物」なのだ。
それはお金を出して買ったメーカー製のものではなく、すべて一から私が手作りした「真空管式」の送受信機だ。
回路の図面引きから始め、今では当たり前の半導体は使わずに、ガラスの真空管にオレンジ色に輝くヒーターを点灯して動作させる「ノスタルジア溢れる電子機器」なのだ。

真空管の試験でオレンジ色に輝くヒーターを点灯したところ
私が無線を始めたころの「昭和の技術」の結晶がそのままそこにある。

ほぼ完成した製作中の受信機

ほぼ完成した製作中の受信機の裏側
電子機器に興味の無い方、とりわけ女性の多くの方にとっては、どうでもいい話であろうと思う。細かいことはともかく、「金で買えるものではなく、自分しか作れない物に価値を見出して残した」とご理解頂ければ幸いだ。
数あった無線機の中で、私は金を出して買う高価なメーカー製無線機は捨て、自分で作り上げた自作機だけを並べて残した。
こんな物を、毎日工具と半田ごてを握りしめて必死になって製作した、私と「血と涙と汗の結晶」だ。
性能は悪くても、私の身体の分身とも言える宝物だ。
これは、間違いなく私の生きた足跡を余すところなく見せている「作品」なのである。
もう、鉄塔もアンテナもなくなってしまったので、ここに並ぶ自作機は、電源が入れて温かい照明が灯るだけの存在である。 各機器の中には十数本の真空管が使われているので、しばらくすると熱で機器全体が温かく熱せられてくる。
この満足感と達成感と心が穏やかさで満たされるひと時を知る人はいないであろう。そこには私の数十年にわたる無線にまつわる遠大な歴史が繰り広げられる。私の生きてきた証がそこにある。

日々無線機製作に没頭した工作室
この話は、私のアマチュア無線の世界起きた事例であるが、身の周りで似たような事態が起こり得るものはいくらでもあると思う。
お金があれば実現できるものではなく、自分という人間にしかできなかった足跡は、傍から見ていても誇るべきその人の姿を感じる。
そういうものに出会えたときは、まるで自分のことのように嬉しくなる。