小さな背中に託すもの

いつの間にか、中国による台湾統一の可能性が現実味を帯びて語られるようになり、中国の海洋国家化を警戒して防衛戦略の再構築が迫られている ―― そんな見出しが新聞の一面を飾る日が続いている。 ついに政府内部でも、その日が来た場合の軍事的影響を具体的に議論する段階に入ったという。

 

恐れ、覚悟していた事態だ。

米国のトランプ大統領が「自国は自国で守れ」と突き放すように言い放ち、さらにベネズエラやイランに対して武力行使を辞さない姿勢を見せ、中国にとっての好材料を積み重ねてきた結果でもある。

 

台湾が中国の支配下に置かれれば、日本と友好関係にあった台湾の人々は、かつての香港がそうであったように、中国の国益に反する人たちとみなされるだろう。 中国に従わない指導者たちが排除されるのは避けられないことであろう。

台湾が民主主義陣営の中で育んできた高度な技術も、すべて中国のものになる。 それは、我々が「敵に塩を送る」ことに例えられるかもしれない。

 

しかも台湾が失われれば、日本列島の先に連なる島々は、もはや何の障壁にもならない。

手を下さずとも、中国は一挙に海洋国家としての地理的条件を手に入れることになる。

 

もっとも、私はここで政治的な問題を掘り下げたり、誰かを糾弾したりするつもりはない。 これは、近未来に横たわる、簡単には解決できない大きな懸念のひとつの例として挙げているだけだ。


こうした報道を見るたびに、思わず「頼むから、私が死んだ後にしてくれ」とつぶやいてしまう。

すでに社会人としての役目を終えた老人にとって、成す術はほとんどなく、ただの傍観者に近い。

人生の年月が長いぶんだけ世の中を冷静に見渡せるようになった気はするが、同時に、何の力も持たない自分を痛感する。

その矛盾が空しくて、いっそ耳を塞ぎ目を閉じてしまいたくなることさえある。

 

既往の常識を覆すような技術革命と、それに呼応するように緊迫していく国際情勢は、もはや地球上だけの話ではない。

月面への進出と基地建設は、月が見えている地球上のすべての地点が標的となり得る、強力な情報収集拠点であり、攻撃支配拠点の創設を意味する。

火星への進出は、地球が何らかの理由で人類の居住に適さなくなったとき、自国民だけを移住させる道であり、地中に眠る新たな資源を独占する道でもある。

 

若い頃の私なら、月や火星の話などSF小説の中だけの出来事だと思っただろう。

だが今は、あの白い月が、いつか誰かの軍靴の影を落とすかもしれないと考えてしまう。

今は笑い話にしか思えないことでも、過去数百年の科学技術や社会構造の変化を振り返れば、これから数百年、数千年先の世界が想像を絶する世界になっていても不思議ではない。

ましてや、近代になって変化の速度は飛躍的に増しているのだから、気後れすら覚える。


世界の動きはあまりに大きく、私の目ではとても追いきれない。

その大きな流れの中で、これからの時代を生きていく子どもたちが、どれほどの重荷を背負わされるのかと思うと、胸の奥にどうしようもないやるせなさが広がる。

 

望んでもいない未来の重さが、あの小さな肩にのしかかるのかと思うと、言いようのない切なさがこみ上げてくる。

それでも、だからこそ私は、身近な家族の未来に思いを寄せずにはいられない。

 

これからの時代を生きていく可愛い孫たち。

まだ何も知らず、無邪気にはしゃいでいる小さな背中。

その無邪気さが、私には何よりの希望にも見える。

どうか、何とか幸せに生き抜いて欲しい ―― その思いだけが、胸の奥に募っていく。

 

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