酒が語る未知との出会い

私は若い頃から酒に強かった。どれだけ飲んでも翌朝にはケロリとしている体質で、二日酔いの記憶がほとんどない。

そのおかげで、酒という酒をためらいなく試してきた。 銘柄や種類にこだわる「酒通」ではないが、人生のあらゆる場面で酒を浴びるように飲んできたのは事実である。

 

思い出深いのは、スペイン留学で出会ったワインの世界だ。

それまで日本で時々飲んでいた国産ワインとはまったく別物だった。 乾いた大地にオリーブ畑とブドウ畑が広がるスペインの風土は、ワインの味にもそのまま表れている。 グラスを口に運ぶと、熱を含んだ大地の香りが立ち上り、荒々しくも温かい味わいが舌に広がった。

 

帰国したときには、なぜ高級ワインといえばフランスなのか、まったく理解できなかったほどだ。 上品なフランスワインに対し、飾り気のないスペインの赤ワインは、私には世界一に思えた。

 

もちろん、嗜好品に優劣をつけるのは意味がない。 好みの問題である。

 

いまNHKで再放送されている連続テレビ小説「マッサン」は、後に「日本のウイスキーの父」と呼ばれる竹鶴政孝の物語だ。 彼がスコットランドで学んだウイスキーは、ピート(泥炭)強い香りが特徴で、当時の日本人には受け入れられなかったという。

 

その「スモーキー・フレイバー」とはどんなものなのか。 私は興味をかき立てられた。 晩酌で飲んでいるウイスキーに当たり前のように含まれている、慣れ親しんでいる香りのことなのか、それを単に当時の日本人が受け入れられなかっただけなのか。 あるいは私がまだ経験をしたことのない、驚くような香りなのか。

 

そこでピート香が強いスコッチウイスキーとして知られる「アードベッグ 10年」を試すことにした。 高価なので、100mlの詰め替え品を購入した。

 

 

届いた小瓶の栓を開けると、柑橘やバニラを思わせる、これまで嗅いだことのない芳香がふわりと立ちのぼった。 予想もしなかった香りに驚いた。

 

夜になり、いよいよ口に含んだ。

絶句した。

その味は、まさに「炭そのもの」だった。

普通のウイスキーに砕いた炭を混ぜたような、強烈な風味。 ピートとは泥炭なのだから当然だが、これほどとは思わなかった。

これが「スモーキー・フレイバー」なのだと、身体の芯で理解した。

 

美味しいかと問われれば、答えに迷う人もいるに違いない。

だが私は、試すように続けてもう一口飲んでいた。

この味は、癖になるに違いないと思った。

 

伊豆大島名産の「くさやの干物」を思い出した。

妻の生家のある島の名物で、私たち夫婦は大好物だが、一度近所に土産で配って大騒ぎになったことがある。

 

しかし、くさやは「慣れるとおいしい、くさやの干物」と言われる。

癖のあるものほど、最初は抵抗があっても、慣れるとたまらなく美味しくなる。

 

人間だって同じだ。 癖の強い人ほど、親しくなると深くつき合える。

 

六十年近く酒を飲み続けてきた私にも、こんな未知の世界が残っていた。

そう言えば、日本酒ひとつとっても全国に銘酒があり、とてもすべてを味わい尽くすことはできない。

日本酒の体験を綴る熱心なブロガーもいるほどだ。

 

私の人生で、酒は「未知との出会い」の機会をいくつも提供してくれたが、

今回は、「とっておきの仲間の香り」と出会わせてくれた。

 

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