認めてほしい

人は誰でも大なり小なり他人に自分を認めて貰いたいと言う気持ちを持っている。 いわゆる承認欲求と呼ばれる感情だ。 自分がやった事はできれば正しいと認めて欲しい。 だからSNSの「いいね」が表示される仕組みは、閲覧者の目を引く以上に発信者の意欲が湧く効果が大きい。

 

私は「好きな歌はマイ・ウェイで、自分は我が道を行くんだ」と格好良い事を言っておきながら、実は常に誰かに認めて貰いたいと思う気持ちが昔からあった。 これは裏を返せば自分に対してあまり自信が無かったのだと思う。 格好良い事を言って粋がっているのは虚勢で、実は自信の無さの裏返しだったのかもしれない。

 

その一方で、他人にはあまり関心を持たない傾向があって、他人に対してあえて認めるような発言はして来なかったと思う。 これでは円滑な人間関係は出来にくかったと思う。 

 

最近になって、多少なりとも自分を反省したり周りの人に目を配る事が出来るようになって、今まで気づかなかった事が見えるようになって来た。 人が他人と話をする時に、自分を否定している相手には心を開いて積極的に話をする気はしないが、自分を肯定して認めてくれる相手には心を開いて気持ち良く話をしている。

 

散歩をしていると愛犬を散歩させている人に出逢う。 飼い主はこちらに迷惑にならないようにと手綱をちょっと引く。 犬は犬好きの私を察知してじっとこちらを見つめたまま通り過ぎようとする。 こちらがたまらなくなって近寄ると伏せをして喜んで待ち構える。 私が犬の鼻先に下の方からそっと指先を近づけると犬はくんくん匂いを嗅いで喜ぶ。 「可愛いね。お名前は? 幾つなの?」なんて言おうものなら、飼い主は隻を切ったように嬉しそうに話し始める。 自分の可愛い飼い犬を認めてくれたら誰でも嬉しくなる。

 

最近は、会話の推移や双方の話した言葉がはっきりと記録に残るメディアが広く普及して来た。 その代表が「LINE」だ。 これほど客観的に自分を見つめられるアイテムは今までなかった。 自分が自己中心に陥ってないかとか、相手を十分に認めてあげているか等、後で第三者の目で振りかえる事ができる絶好の確認材料だ。

 

メッセージを送ったら「既読」になるかどうか気になる。 「既読」になって返信が来ないともっと気になる。 こちらが、これはと思うメッセージや画像を送ったのに、その反応がさらっとして流されるとあれ?と思う。 

 

こう言ったLINEのやりとりを、その日だけでなく何日も遡って冷静に読み返してみると、自分が相手の期待を無視してこちらの期待だけで会話を進めていないかどうかが分る。 もちろん同意・承認に対する期待である。 その場のやり取りだけでなく、何日もメッセージ交換を続けている中で、こちらの伝えたい事ばかり話してないか、もしかして相手も何か伝えたい事があったのではないかと言う事も、冷静に振り返る事ができる。

 

私は相手の期待に十分に応え切れていなかった事に気づいた。 それなのに相手のリアクションに不安になったり不満を抱いたりした事も思い出された。 また自分の伝えたい事ばかりに熱を入れて、相手が考えている事をおもんばかる姿勢に欠けていた。

 

今後は心して、相手にどうこう思う前に自分が相手にどの様に接して来ているかを常に省みる様にするつもりだ。 また、努めて相手を認めてそれを正直に態度で示してあげようと肝に銘じている。

 

相手に同意や共感を求める前に、相手にいつも同意と共感を示し続ける気持ちが、人間関係を円滑にしてくれるだろう。 当たり前の事だったのだが、そんな事ができなくて今まで随分損をして来たに違いない。

 

 

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