私の人生には、星空に心を奪われた二つの時期がある。
一つは、未成熟ゆえの衝動に満ちた中学時代の三年間。
もう一つは、社会のただ中で全力投球していた四十代半ばから五十代半ばにかけての十年間である。
中学時代──世界が開き始める瞬間
青春を控えたあの頃、私は名付けようのない内的な昂りに突き動かされ、
手探りで世界を掻き分けながら、驚きと感動に満ちた日々を過ごしていた。
中学生には難しい専門書を読み、初めて知る宇宙の仕組みや歴史に胸をときめかせると、心は目の前の現実から離れ、見たことのない空想の世界へと広がっていった。
部屋の片隅には小さな木箱を置き、天文学習専用の机にしていた。
その上には専門書とノートが常に広げられ、毎日読みながら見えてきた世界をそこへ書き綴った。
そのコーナーを眺めるだけで、胸が高鳴った。
いま思い返すと、あの頃の私は本当に純真だった。
少しずつ世界が見え始める中で、尽きることのない無限遠の世界 ――
夜空の上から私を呑み込もうとするかのような宇宙 ── に魅了されていた。
宇宙の構造を考えていると、周囲の現実などどうでもよくなり、ただ頭の中の夢の世界だけがすべてで、そこに一人で存在する自分を感じていた。
高校生になり、現実の世界がさらに広がると、その夢の世界は徐々に遠ざかっていった。
魅力が失せたのではない。
現実の生活が次々と私の注意を奪っていったからである。
四十代 ―― 現実のただ中で再び星に救われる
四十代半ばは、仕事で脂がのり切り、社会人として全力投球していた時期だった。そんな中、私は再び夜空への情熱に火をつけた。
自宅近くを車で走っていたとき、見慣れない天文ショップが出来ているのを見つけた。
店先に並んだ天体望遠鏡が、三十数年前に愛用していたものとそっくりだった。
中古で一万円もしないその望遠鏡を、私はその場で買った。
それがすべての始まりだった。
私はこうと決めたら燃え上がりやすい性格なので、翌年には自宅の庭に、屋根をスライドして開放できる天体観測室を自作していた。
中には、いつの間にかエスカレートした ―― 妻には言えない価格の ―― 観測設備が並んだ。
仕事でどれだけ疲れて帰ってきても、晴れている限り毎晩明け方近くまで星を見上げ続けた。
睡眠時間はほとんどなく、片道一時間を超える通勤電車の中で爆睡して乗り切った。
今でも寝室の壁には、当時撮影した銀河や惑星の写真がびっしりと掛けられている。
あの頃の私は、夜な夜な宇宙飛行をしていた。
浮世の雑音から隔絶されたあの世界が、たまらなく好きだった。
心が荒れた時期と、澄み切った時期
長い人生の中で、私は生活が荒れた時期も経験した。
しかし奇妙なことに、星を見上げていた二度の時期、合計十三年間だけは、
心が澄み切っていた。
荒れた心に星空のささやきは届かないし、星空を見上げているときに心が荒れることはない。
どちらが原因でどちらが結果なのかはわからない。
ただ、星空の下にいる自分は、いつも静かだった。
今では、その記憶の世界も遠くなった。
けれど、壁に掛けられた天体写真を眺めていると、ふとあの頃の自分に戻れそうな気がする。
晴れている限り、一日の半分は星空が広がっている。
私たちは、広大な宇宙の中の塵にも満たない小さな惑星の上で命を育んでいる。
そんな小さな星の上で、欲望がぶつかり合い、失望させられることがあまりにも多い。
だからこそ思う。
あの星空に、もっと多くの人が目を向けてほしい。
星空は、私たちの「とんでもなく情けない争い」を、静かに、そっと気づかせてくれる。