AI時代の価値観と世代交代

私は、これから人間社会の価値観がかつてないほど大きく変容し、いずれ「自分はこの変化についていけなくなる」と感じる時が訪れると確信している。

その変化を推進する主役は、AIとともに育つこれからの世代の人々である。

 

私はもはやここでAIの功罪を論じるつもりはない。

AIの利点や危険性については、すでに世の中に膨大な情報や見解が溢れ返っているからだ。

 

私が関心を寄せているのは、AIと「共生」する次の世代がどのような価値観を持ち、どのような社会を築いていくのか ―― その変貌の姿である。

 

AIがニュースで頻繁に取り上げられる以前、私はその弊害に警鐘を鳴らすべきだと考えていた。

まだ是正の余地があるのではないかという、かすかな期待があったからだ。

しかし今や、AIの危険性を議論する段階はすでに過ぎ去った。

歴史を振り返れば、どの技術革新も登場時には深刻な脅威とみなされ、

それを憂慮したのは常に「ひと世代前」の人々だった。


技術革新がもたらした歴史的な恐怖

 

・印刷機(15世紀) 

「大量印刷は愚者に知識を与え、社会秩序を破壊する」と恐れられた。

 

・鉄道(19世紀) 

「高速移動は人体に悪影響を与える」「牛や馬が絶滅する」と騒がれた。

 

・電話(20世紀初頭) 

「家庭のプライバシーが破壊される」「対面の人間関係が崩壊する」と批判された。

 

・自動車(20世紀初頭) 

「危険すぎる」「馬車文化が破壊される」「子どもが道路で死ぬ」と激しい反対運動が起きた。

 

・テレビ(1950年代) 

「子どもを堕落させる」「読書文化を破壊する」「人間を怠惰にする」と強い批判を起こした。

 

・コンピューター(1960年代) 

「機械が人間の仕事を奪う」「監視社会が到来する」と不安が広がった。

 

・インターネット(1990年代) 

「匿名性が犯罪を増やす」「人間関係が崩壊する」「情報が氾濫し社会が混乱する」と批判された。

 

これらは、新技術が常に既存の権威を脅かし、

人間が既存の秩序の崩壊を恐れるという普遍的な心理を示している。


技術は脅威から基盤へと変わる

 

どの技術も登場時には「社会秩序を壊す危険なもの」と恐れられた。

しかし一世代後には、それらは文明の基盤となり、生活を豊かにする不可欠の装置へと変わった。

 

半世紀前のコンピューター以降、技術革新は特定分野に留まらず、

社会全体に普遍的な影響を及ぼすようになった。

そしてその最たるものがAIである。

 

AIは、人間の知識や思考を外部に拡張する「知性の延長装置」である。もはや単なる道具ではなく、人間の判断や価値観と結びついて機能する存在だ。

 

これからの世代は、この先進のAIを必須の環境として受け入れ ――それが従来の価値観を覆すとしても ―― 新たな価値観として自然に根付いていくであろうことは、歴史が証明している。

 

技術世界に関心を持って生きてきた私でさえ、所詮アナログ的世界観に育った「昭和の人間」であったのだと痛感する。


技術革新と世代交代は不可分である

 

人間社会は常に、次の世代が価値観を刷新することで前進してきた。

技術革新は世代交代と不可分の関係にある。

 

歴史が技術によって破壊され、途絶えることは決してない。

新しい技術は必ず次の世代に受け入れられ、育てられていく。

 

私たちは自分の時代を生き切り、未来を次の世代に託す。

心配する必要はない。

孫たちにすべてを委ね、静かに見守っていけばよいのである。

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