日本には人生がないと言われた日、情がないと言われた日

私の人生には、忘れられない二つの言葉がある。

スペインで言われた「日本には人生がない」。

韓国で言われた「日本人には情(じょう)がない」。

 

どちらも、私の内側の空洞に鋭く突き刺さった。

自分では気づいていなかった「日本人としての生き方」を、外からの視線が容赦なく照らし出した瞬間だった。


スペイン:人生の「存在」を問われた国

 

30代の初め、スペインに留学していたころ、私は学生寮で多くのスペイン人学生と仲良くなった。

私の部屋にはいつも誰かが遊びに来て、遠い日本から来た私に興味深々で質問を浴びせてきた。

 

大学受験を控えた高校時代の悶々とした日々、アルバイトに明け暮れた大学時代、就職してからの厳しいサラリーマン生活、結婚してからの家庭生活のこと。

私は彼らに、人生のすべてを赤裸々に語った。

 

彼らは目を爛々と輝かせ、身を乗り出して聞き入った。

当時のスペインは、長い独裁政権が終わり、民主主義がようやく芽吹いたばかり。

一方、日本は経済成長の絶頂期。

私の語る日本の話は、彼らにとって「夢物語」のように聞こえたのだろう。

私は自慢こそしなかったが、どこか優越感を覚えていた。

彼らの輝く目が、私を気分よくさせていた。

 

ある日、私は軽い気持ちで言った。 「どうだい? 日本で暮らしてみたいだろう?」

当然、全員が大きく頷くと思っていた。 しかし返ってきたのは、予想もしない言葉だった。

 

「冗談じゃないよ。日本には『人生』ってものがないじゃないか」

と、両手をすくめたのだ。

 

その瞬間の衝撃は、今でも忘れられない。

胸の奥を殴られたようだった。

 

だが、その言葉こそが、私がスペインを本当に理解し、心から好きになった瞬間でもあった。

スペインを知れば知るほど、彼らの言葉の意味がわかってきたのだ。

 

日本人は、何のために生きているのか問われても、すぐに答えが出てこない。

仕事に追われ、義務に縛られ、人生の意味を語る文化が弱い。

そのことを、私はスペインで初めて突きつけられた。

 

その経験は、帰国後の私の生き方を根底から変えた。


韓国:人生の「関係」を問われた国

 

それから十七年後、韓国に惚れ込み、夢中になっていた。

その中でまた別の言葉を浴びることになる。

 

「日本人には情(じょう)がない」

 

日本の情(じょう)、韓国の情(じょう) ―― その違いに触れて

 

韓国人は、相手との距離を一気に詰めてくる。

日本人なら「そこまで踏み込むのは失礼ではないか」とためらう領域に、ためらいなく入ってくる。

それは同時に、自分も何も隠さず、ありのままをさらけ出すという覚悟でもある。

 

私は韓国人との付き合いの中で、人間らしい姿を何度も見た。

格好をつけず、弱さも恥ずかしさもそのまま見せてくる。

その姿に触れるたび、日本人の「感情を表に出さない文化」が、逆に不自然に思えてきた。

 

「情がない」という言葉は、私の人との接し方を根底から揺さぶった。


二つの問いが照らした

 

スペインで問われたのは、「人生の意味」だった。 韓国で問われたのは、「人とのつながり」だった。

どちらも、日本人としての私の内側にあった「空洞」を指していた。

 

日本は豊かだが、人生の意味を語る文化が弱い。

日本人は礼儀正しいが、情を表に出す文化が弱い。

 

つまり日本は、

「生きる理由」と「人と結びつく理由」を言葉にしない国だったのだ。

 

そして私は、外から見た日本ではなく、

外から見られた「自分」を通して、そのことを思い知らされた。


日本人であることに縛られない自由

 

スペインの言葉は、私に「人生の存在」を問うた。

韓国の言葉は、私に「人との関係」を問うた。

その二つの問いが、私の生き方を大きく変えた。

 

会社のヒエラルキーの頂点を目指してがむしゃらに働いていた私は、「自分が自分らしく胸を張れる生き方」を選ぶようになった。

 

そして、人と心を通わせるとは、言葉だけではなく、 恥ずかしさも弱さも含めて「人間らしさ」をさらけ出すことだと知った。

 

スペインは私に「生きるとは何か」を教え、 韓国は私に「人とどう生きるのか」を教えた。

それは同時に「日本の常識的な日常」から抜け出すことだった。

 

私は日本人であることに縛られない、 自由な日本人 を目指すことができた。

 

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