歳と共に記憶力が低下するのは致し方無い。 誰でも最初に現れて来る症状は人の名前が思い出せない事だろう。 昔の人の名前ならまだしも、ついこの間会った人の名前まで出て来ない事がある。
名前を忘れたとかいうのはまだ罪がないので大した問題ではないが、対人関係で思わずやってしまった過ちなどについて、時間の経過と共に記憶があいまいになって来たり、忘れてしまったりすると大変まずい事になる。 自分がはっきり覚えていればまだ関係修復のチャンスはあるが、記憶があまり残っていない場合は、その動機すらない。 加害者は忘れていても、被害者は絶対に忘れないので、加害者の記憶が先に低下した場合、やっかいな事になる。
私の様に、勝手気儘・我儘放題に生きて来た人間は、振り返ると都合の悪い過去の話が余りにも多い。 ほとんどの被害者は妻。 自分でも目と耳を覆いたくなる話ばかりだ。
「あ、これいいね。 これいつ買ったんだっけ?」と聞くと、優しい声で「これ買った時、あなた何してたか覚えてる?」と思わず体中に戦慄が走るような一言が返って来たりする。 だから昔の事につながる質問や話題を出す時は細心の注意が必要だ。 でないとギロチン台に自ら首を差し出すようなものだ。
都合の悪い事は忘れると言うのは私の持って生まれた特技みたいで、妻には何度も指摘されている。 「え? 噓でしょ? 本当に覚えてないの?」と言って茫然として絶句された事は数限りなくある。 嘘ついているのではなく、自分でも情けなくなる程記憶にないのだ。
何か事ある度に昔の話が出て来るが、その時私がああしたとかこうしたとか言われ「作り話なんかするなよ」と言い返すと妻の目が点になる。 しばし本当か嘘かの応酬になる。 たまたまその関係者とLINEでやり取りをしていた様なケースでは、どれどれとLINEのトークを遡って見て絶句するのは私だ。
いつからこうなったのか、昔からこうだったのかはっきりしない。 何でも記憶が無い訳ではなく、自分が熱中した物に関しては何でも覚えているが、あまり関心が無い事に関しては忘れている事が多いようだ。 ここまで来るとだんだん不安が募って来る。
昨日聞いた話の詳細を忘れる、3年ほど前にしょっちゅう嫁と熱心にLINEでトークを交わしていて喜んでいた事も覚えておらず、ウチの嫁は昔から冷たいとボヤく、食事後薬飲んだのに、30分テレビ見て席を立とうとした時また飲もうとしたなど、枚挙にいとまがない。
若い頃だったらこんな話は笑い飛ばしてしまうだけだが、後期高齢者を目前に控えている身としては悪い方に悪い方に考えてしまう。 ましてや、「忘れた方が過去に拘ることなく前向きな気持ちで乗り越えられる!」などと呑気な事はもう言っていられない。
そんな事言っている内にいつの間にか周りの皆が私に聞こえないようにひそひそ話をし、私一人がどこ吹く風と言う顔をするようになっているかもしれないと考えると絶望感に近い気持ちに襲われる。
考えようによっては、そこまで来れば恥ずかしいすら思ってないかもしれない。 そこに最後は望みを託したい。