血縁を越えて現れた、お兄さん・お姉さん

私には、三歳上の姉が一人だけいた。とても気丈な人で、私がいじめられたと知ると、「よぉし、かたき討ち!」と言って家を飛び出すこともあった。

私は明らかに姉に守られていた。それは、男として、幼心に芽生え始めたプライドを少しずつ傷つけていった。

 

私は、本当に妹や弟が欲しかった。

小学生のころ、どうして妹や弟がいないのか、作ってもらうことはできないのかと、両親に真剣に詰め寄ったことを覚えている。両親は顔を見合わせ、苦笑しながら困惑していた。なぜそのような表情をするのか、当時の私には知る由もなかった。

 

私は、可愛い弟として徹することができる人間ではなかった。支配されることを本能的に嫌ったのである。

実際、自分が成長して自我が育つにつれ、姉との折り合いは悪くなる一方だった。不運なことに、姉は当時の女性としてはかなり活動的で、高校時代には時流に乗って「学生運動」にのめり込んだ。天文学というロマン溢れる世界に惹かれていた私との隔絶感はどうしようもないほど大きくなり、兄弟でありながら絶縁状態に近い関係となった。

 

私は人生の出逢いの中で常に「妹」という存在を求めていた。恋愛の相手にも、会社の仲間にも、どこかその面影を探していた。後に『男はつらいよ』が私の心を深く捉えたのも、世界一可愛い「理想の妹像」を演じたさくらの存在があったからだったと思う。

 

私には弟はおらず、姉には良い思い出が少なく、兄という存在は、男としてぶつかり合う相手にしか見えなかった。兄弟関係の原風景の中で、私を支配していたのは「妹」への憧れだった。

そうした背景があったため、サラリーマン時代も、当時はほとんどが男性であった後輩を温かく導こうという気持ちはほとんど芽生えなかった。


しかし、六十代になり、夢中で突っ走ってきた人生街道の中で仕事に達成感を覚え、穏やかな気持ちで周りを見渡せるようになると、心の中に少しずつ確かな変化が芽生えてきた。

 

最初に変化を感じたのは、人間関係の中で「実の息子でない息子たち」という存在を意識し、大事にし、心を通わせるようになったことだった。仕事を通して出逢った若い世代の人たちである。これから羽ばたこうとしている彼らに温かい気持ちを寄せ、「大事にしてあげたい」「力になってあげたい」と思うようになった。

実の息子でもない若者に抱き始めた感情は、私にとっては「弟」の延長線上にあるもののように感じられた。

 

やがて気がつくと、私にとっては弟以上に意識の外側にあった「お兄さん」と「お姉さん」という存在を意識するようになっていた。その人たちが、いつのまにか私にとって大切な心の拠り所になっていたのである。

それは「兄と姉」ではなかった。「お兄さんとお姉さん」であった。

 

年上ということだけで線を引いてしまっていた存在だったのに、このような気持ちの変化が起きたことは、自分でもまったく信じられないことであった。

 

今の私にとっての「お兄さんお姉さん」ともなれば、必然的に後期高齢者の方々となる。

年輪を重ね、優しく微笑み、気持ちを通わせてくれる温かさが、いつしか私を静かな心持ちにさせてくれるようになっていた。

 

近所に住む人生の先輩方や、サラリーマン時代の先輩方に向かって、素直に「お兄さんお姉さん」と呼びかけられるようになった今、自分が気づかなかっただけで、私は人生でいつもそういう人たちに見守られていたのだと強く感じるようになった。

 

 

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