今では誰もが海外旅行を気軽に楽しめる時代になり、かつて主流だった「パック・ツアー」ではなく、個人で自由に旅する人も増えてきたように思う。
人生において「旅」ほど贅沢なものはない。
とりわけ青年期に経験する旅は、その後の人生を支え続ける大きな財産になる。 旅には、人間の幅と奥行きを形づくる不思議な力がある。
「若い頃の苦労は買ってでもせよ」ということわざがあるが、私流に言えば、
「若い頃の旅は、持ち金をはたいでもせよ」
ということになる。
訪問先は観光地である必要はない。 それよりも、その土地の「日常」に少しでも入り込む体験こそが価値を持つ。 極端に言えば、観光地はNHK BSのドキュメンタリーで見れば十分なのだ。
運転に自信がある人には、せひ「車の旅」を勧めたい。
渡航前に国際運転免許証を取得し、現地でレンタカーを借りれば良い。
ただし、東南アジアなどの途上国では、ある程度の覚悟が必要になる。
車の整備状態が悪いことは珍しくなく、途中でエストすれば、現地の人となんとか意思疎通しながら切り抜ける必要がある。 事故対応も一筋縄ではいかない。
さらに日本と異なる通行区分やハンドル位置は、最初の数時間は特に緊張を強いられる。 交通標識は基本的に万国共通だが、細部は国によって異なる。
まとめれば、
運転技術・車の知識・そしてコミュニケーション力、
この三つが求められる旅だ。 現地語が話せなくても、片言の英語で何とかなることは多い。
異国を車で旅することの醍醐味は、その国の人々の「日常」に深く入り込めることだ。
「観光旅行」ではなく、「体験旅行」ができるのだ。
観光地はどの国でも厚化粧をしている。 国の顔であり、観光客を惹きつけるために整えられているからだ。 そこには、その国の本当の姿はない。
車で地方を走れば、素朴で古びた食堂や、観光客が決して訪れない生活の風景に出会える。
バス移動でも窓から日常は見えるが、素通りしてしまう。 車旅は、その「素通り」を止め、風景の中に自分を置くことができる。
私が走破した国はいくつかある。
・ 30代初め:にスペイン・ポルトガルで2万キロ
・ 60歳前後:にフィジーで5千キロ
・ 64歳:ミャンマーで5千キロ、
・ 65歳:32年振りに再訪したスペインで4千キロ
・ 67歳:パラオでは200キロ(陸路が少ないため)
最初のスペインとフィジーでは中古車を購入し、あとはレンタカーで旅をした。
スペイン・ポルトガルは先進国で、特に問題はなかった。 車は欧州車なので整備するのは簡単だった。 むしろ1984年当時は速度違反の取り締まりは皆無で、酒気帯び運転にもお咎めがないという寛容さがあった。
フィジーは、国土が狭く、全土が田舎道。 近代的な機械に慣れない人も多く、何度か危険な場面に遭遇した。
そして何より「奇跡的に無事だった」と今でも思うのが、ミャンマーだ。 道路はガタガタ、街を出れば信号は皆無。 全国に一本だけある高速道路は、牛車・馬車と共用で、人も平気で横断する。
右側通行なのに車は日本の中古車で右ハンドル。 日本で左ハンドルの外車を運転するような不自由さが常につきまとった。
あの5千キロを無事故で走り切れたのは本当に幸運だった。
そんな中に、いま心に残り続ける国がある。
若い頃に留学したスペインは、私の価値観を決定づけた第二の故郷だ。
語り始めれば、ブログなどでは到底語り切れない。
しかし、近年の旅で最も強く心に残っているのは、ミャンマーでの5千キロだ。
スペインがすでに私の血肉となっているのに対し、ミャンマーは「途上国ゆえの素顔」と「観光地の仮面」との落差が大きく、短い期間ではあったが日常の生活に深く触れられた感動を与えてくれた。
わずか十年しか続かなかった民主化の時代に、運よく滑り込むように訪れた。
素朴で敬虔な仏教徒の国。 その人々の暮らしに触れた記憶は、今でも脳裏から離れない。
旅の友となったプライベート・レンタカー
この旅で制作したタイムラプス動画作品。
https://www.youtube.com/watch?v=ap6N_P2RiC0
その他に仕事の出張や観光で訪れた国は多いが、車で走っていない国は、どうしても距離が遠い。
もし機会と条件が許すなら、ぜひ異国で車を走らせてほしい。
観光旅行だけでは、その国の日常は見えてこない。
車で走ることで初めて、その国の「素顔」と向き合うことができる。
(ご参考)海外での走破記録図
スペイン・ポルトガルで走った2万キロ
スペインを、32年後に再訪して走った4千キロ
フィジーで走った5千キロ(地図上のほとんどの道路)
ミャンマーで走った5千キロ











