一年前の今日、私はペンを執った。生まれて初めてエッセイを書くことになった。毎日ひとつのテーマについて、自分の知力と感情を絞り出し、生きた言葉で文章を綴り切ることは、私にとって大きな挑戦だった。
私は長い間、自然科学の世界で「合理」を信奉して生きてきた。自然科学系以外の本はほとんど読まず、特に小説については「作り話じゃないか」として見向きもしなかった。
そんな私が、何十回も繰り返し観ている『男はつらいよ』(寅さん)が「作り話」であることに、ふと気づいたのは、ちょうどその頃だった。
個人事業を廃業して三ヶ月。社会からはじき出されたような感覚が私を襲い、なんとも言えない空虚が胸に広がっていた。
「もうお前は社会のお荷物だ。静かに人生を振り返っていろ。」
そんな声が、どこからか聞こえてくるようだった。
実際、私は自分勝手に生きてきた人生を振り返り、反省をする日々を送る決意をした。
私にとって「書く」ということは、自分自身に対して客観的に向き合うことだった。私は決して素直な人間ではないが、日々襲う空虚感が、否応なく私を内面へと向かわせた。
書き始めた当初は、何を書くかを特に意識していたわけではない。しかしペンを進めるうちに、内容は自然と私の過去の反省へと向かっていった。
最初の二百篇のエッセイは、私自身の反省と、その最大の被害者となった妻への懺悔の記録となった。
あの頃の私の最大の読者は、「心の中の妻」だった。
七か月間にわたり自らを深く省み、妻に謝罪し、懺悔を重ねた。その節目となったが妻の七十回目の誕生日だった。
私は二百篇を印刷し、一冊に製本して妻に捧げた。新しい前向きな気持ちを持てるようになったことは、私の長い人生の中でも特筆すべき大きな転換点となった。
その後は、ブログで読んでくれている不特定多数の読者に対して語りかけるようになった。
しかし、いま自分の日々綴っている行為を深く考えると、最大の読者は「私自身」なのかもしれない。
二百篇目を終えたあと、私はちょうど一ヶ月間ペンを置いた。急に沈黙を守るようになったのだ。
おそらくすべてのエネルギーを使い果たしたのだと思う。
しかし一ヶ月目の応当日、私は再びペンを執った。タイトルは「Okapi noteの誕生」というタイトルだった。
https://note.com/skypixjapan_11/n/nc0514753db76
私は多少のソフトウエア開発の知識を活かし、noteというブログサイトに見立てた私設ブログ「Okapi note」を制作し、立ち上げた。
新しい気持ちでエッセイを書き続けたいと思っていた。しかしつい昨日まで深刻な顔で綴ってきた同じ器の中で、まったく違うコンセプトの文章を書くことに、どうしても抵抗があった。
そこで私は、まず書き終えたエッセイをOkapi noteに掲載し、翌日以降に従来のnoteに転載するという形をとった。
土俵が変わることで、私はまったく違った気持ちで新しい相撲がとれるようになった。
新しいエッセイでは、自分の心の中に湧き上がる感情を拾い、それを一つ一つのテーマとして綴っている。
私と言う人間の「足跡」を記すようになったのだ。
書いても一銭にもならないエッセイ。名文でもなく他人を楽しませているわけでもないエッセイ。
科学技術の世界で「合理」をモットーとして生きてきた私が、今は「不合理」の世界に生きている。
自分が、「理屈通りには生きられなかった人間」であることを、ようやく受け入れられるようになったからだろう。