青春時代、私は英語に夢中になっていた。
初めて外国語というものに触れ、自分の世界が少し広がったような感覚を覚えたのを、今でもはっきりと覚えている。
その後、勤務先の発令でスペインに留学することになり、そこでスペイン語を学んだ。
英語に続く二つ目の外国語としてスペイン語を身に付けたことで、「言語が増えると、自分の世界の地図そのものが書き換わる」という感覚を初めて味わった。
会社では、アジア・オセアニア地域の銀行間決済取引の担当となり、いくつもの国に出張するようになった。
せっかくの機会を活かし、韓国語を含む四ヵ国の言葉を勉強したが、その中でも韓国語とは、その後も長く縁が続くことになった。
語学力は、使わなければ確実に落ちていく。
その現実を、私は何度も思い知らされてきた。
スペイン語については、「アマチュア無線」という武器があった。
まだ今ほどネット環境が整っていなかった四十年前、海外の無線家たちとの交信は、落ちようとするスペイン語の力を必死に支える、貴重な実践の場だった。
韓国語は、何人もの友人との付き合いがあったおかげで、途切れずに使い続けることができた。
仕事上のやり取りだけでなく、個人的な交流の中でも韓国語を使う機会があり、少しずつではあるが、確実に力を蓄えていくことができた。
退職から十年ほど経った頃、私は個人事業を立ち上げた。
その事業を関連先として支えてくれたのが、長年付き合いのある韓国人の友人だった。
彼とのやり取りを通じて、韓国語はスペイン語に次ぐ「三番目の外国語」として、ようやく自分の中に定着したと言える段階に達した。
どちらの言語も、近年ではSNSを通じた友人たちとのコミュニケーションに支えられている。
完璧とはほど遠いが、実用上は不自由なく使える程度には、自分のものになっている。
最近は仕事から完全に身を引き、自由な時間を存分に楽しんでいる。
その新しい試みとして、スペインと韓国のテレビのライブ放送を、常時流し続けるようになった。
専用のWindows11搭載ミニPCを二台用意し、それぞれに使わなくなった液晶モニターを接続する。
一台は韓国、もう一台はスペインに「いること」にして、ネット経由で現地のテレビ放送を視聴する。
ここで鍵になるのが「VPN」というサービスだ。
このアプリを使うと、自分の接続元を指定した国に「移す」ことができる。
NHKのテレビ放送が海外からの視聴をブロックしているように、海外のテレビ局も日本からのアクセスを制限していることが多いが、VPNを使えば、その壁を越えて、現地と同じようにネット経由でテレビを楽しめる。
特別な教材がなくても、その国で暮らしながらテレビを観ているかのように、外国語の環境に浸ることができる。
この感覚は、語学に長く関わってきた私にとっても、いまだに胸が躍る体験だ。
起きている間、二つのモニターではスペインと韓国のテレビ放送が流れ続けている。
「おっ」と気になるニュースや番組が始まると、ボリュームを上げて、その言語の世界に意識を沈める。
面白いのは、交互に聞いているうちに、自分が今何語を聞いているのか分からなくなる瞬間があることだ。
「何語か分からないまま聞いていて、それでも内容は理解できている」というこの感覚が、私はたまらなく好きだ。
こんなことは、四十年前には想像すらできなかった。
世界は本当に狭くなったのだと、日々の生活の中で、肌で感じている。
私はこれまで、語学の習得について多くのエッセイを書いてきたし、かつて出版した書籍の内容も丸ごと公開している。
語学を身に付けることで、人生の時間の密度がどれほど変わるのか、その豊かさを伝えたかったからだ。
この歳になり、身に付けた言語を仕事のために使う機会はほとんどなくなった。
それでも、その語学のおかげで、今こうして、スペイン語と韓国語に浸りながら過ごす、静かで贅沢な時間を持つことができている。
語学は、若い頃のキャリアのためだけの道具ではない。
老いてからの時間が「縮む」のではなく、「別の言語で広がり続ける」ようにしてくれる技術でもある。
そのことをお伝えしたうえで、もし迷っている人がいるなら、一度本気で語学に挑んでみることを勧めたい。
四十年後の自分が、その選択に感謝しているかどうかは、きっとあなた自身が一番よく知ることになる。