延びる散歩の航続距離

毎朝の散歩を始めて3年以上経つと思う。 きっかけは、特に歳と健康を意識して始めた訳ではなかった。

 

たまたますぐ近所で区画整理が進み、その一環として、片側一車線ながら両側に広めの歩道が整備された立派な自動車道路が建設された。 その道路が近くを走る鉄道を超える為の跨線橋が開通し、その代わりにそのほぼ真下にあった踏切が廃止された。

 

実はその踏切は私を含む地元民にとってはとても大切な踏切で、渡ったすぐ正面に大きな神社の鳥居がどんとこちらを向いて構えていたのである。 その踏切が廃止されたので、神社にお参りする為には、新しく開通した道路を歩いて跨線橋を昇り降りして行かねばならなくなった。 私は特に神社参りを習慣にしていた訳ではなかったが、その跨線橋が開通したと言うので、見物がてら神社参りに歩いたのがきっかけとなった。 新しい道路は歩いてとても気持ち良かった。

 

以来、まず神社にお参りしてから近くの河原まで行って帰って来る形で毎朝の散歩が始まった。 時間にして30分に満たないごく短い散歩時間だった。 その後コースに若干のバリエーションはあったが、同じ様なコースを歩き続けた。

 

散歩していると、毎朝必ず会う「散歩だち」ができる。 日によって出合う場所と時刻が違うので、お尋ねしたところ、コースがいくつかあって、日によって変えているとの事だった。 その歩き慣れている様子に感心した。

 

3年近く同じコースの散歩を繰り返していたが、転機が訪れたのは、散歩しながらゴミ拾いを始めた事だった。 4ヶ月ほど前に、少しは他人の為にと思って始めたゴミ拾いだったが、日増しにゴミ漁りに夢中になって行き、ゴミに出逢うと小躍りして喜ぶ、やや不謹慎な状態になって行った。 楽しくて仕方なくなっていたのだ。 いつの間にか散歩の目的はゴミ拾いになり、トングも買って万全の体制で臨むようになっていた。

 

そうなると、とにかくゴミに出逢いたいと思いがあるので、前日歩いた道は(またゴミが捨てられて溜まるまで)避ける様になった。 つまり新しい散歩コースの開拓である。 いつの間にコ-スのバリエーションは10本は下らなくなっていた。 

 

毎日レジ袋がゴミでパンパンになるまでは帰る気がしないので、少しずつ新たな地を求めてだんだん遠くまで足を延ばすようになった。 全く手つかずのエリアに入ると収穫高は飛躍的に増大し、「今日も大漁だ!」と喜ぶのだが、私のレジ袋では遂に足りなくなった。 そこで一緒に歩いている妻にもレジ袋を持たせ、そちらには「大物」のペットボトル、缶、瓶などの不燃物などを入れるようにした。 そのお陰で帰宅後のゴミ分別保管処理も楽になった。

 

この頃になると帰宅時間がどんどん遅くなって行った。 30分で始めた散歩はいつの間にか1時間を軽く超えるようになり、気が付くと1時間半を超える日が続く様になった。 拾いながらなので歩行速度は大変遅いので、距離はせいぜい4Km程度だ。 腰ポケットに入れたスマホの歩数計によると、当初3千歩にも満たなかった歩数が、今では7~8千歩が普通になった。

 

飛躍的な航続距離の延伸だ。 もともと歩くのを面倒臭がる方だったので、こんなに平気で歩ける様になった自分に驚いている。

 

ただし決して痩せていない身体でこれだけ歩くと、早朝とは言え、夏の暑い間は汗でびっしょりになった。 帰宅すると汗で身体にぺったり付いたアロハシャツはすぐそのまま洗濯機行きだ。 

 

おかげで、歩く力がかなりついたようだ。 以前は苦手な上り坂ではゆっくりと「ぼてっ、ぼてっ」と歩いていたのだが、今はむしろ加速して「ホイ!ホイ!」と上っている。 太腿の筋肉の緊張感が快調だ。 さすがに歳のせいでバランスは悪いが、いつも背筋をピッ!と伸ばして「さっ!さっ!」と歩くようになった。 変われば変わる物だ。

 

息子が筋トレをやっていて、ボディビルダーみたいな体型になったが、「とにかく快調で仕事も睡眠も充実感が凄い」と言っていた話が頷ける様な気がする。

 

これだけ歩くようになると地元の知らなかった路地や建物、神社など発見がたくさんあった。 以前は神社と言えば線路向こうの神社しか知らなかったが、今は歩いている範囲に小さな物も含め神社が六つもある。 毎日どのコースを歩いても六つの神社のうちどれかひとつを必ずコースに入れる様にして参拝をしている。(お賽銭は何処でも1人10円)

 

これから涼しい季節になれば、体力的には航続距離を更に伸ばす事も十分にできそうだ。 1万歩達成も十分射程距離内だ。 ただ、帰宅後にNHKの朝ドラが見れなくなってしまうし、妻も食事の準備、洗濯、物干しと控えているので、この辺りが限界かもしれない。

 

コメントする