瞬間の断片

8年前の2017年にスペインを再訪した。

1984~1985年に仕事で留学・業務研修して以来だったので、32年振りの再訪だった。

 

留学当時、大学の学生寮でスペイン人学生と朝から晩まで一緒に暮らし、休みの日は仲の良い友達の郷里まで私の車で帰省して、家族の歓待を受けて泊めて貰ったり、夏休みや冬休みなどはスペイン中を車で旅行をしたりと、スペインの文化にどっぷり浸かって毎日を過ごした。

 

とにかくそれまでアメリカ至上主義だった私が180度くるりと「寝返って」、スペイン絶対主義に変わってしまったほど惚れ込んだ世界で、当時32歳だった私に人生の革命をもたらした国だった。

 

留学を終えて帰国後は、仕事でアジア・オセアニア方面へ行き来する事になり、退職するまでついぞスペインを再訪する事はなかった。 しかしスペインを忘れた事はひと時もなく、退職後になって「あの感動をもう一度!」との思いは日増しに募り、個人事業で始めていたタイムラプス撮影に磨きをかけようと、作品作りを兼ねて再訪する事にした。

 

さて、満を持して再訪したスペインで私を待っていたのは、当時親しかった学生達で、私と同じようにすっかり老け込んだ仲間達だった。 それはもうとにかく無条件に懐かしかった。 歓迎パーティーを開いてくれたが、32年前にタイムスリップしたようだった。 

 

そのうち特に仲が良かった学生とその奥さんと一緒に、大学のあった都市を訪れた。 私は期待で胸が高まって興奮状態だった。 ところが、楽しい時間を過ごした学生寮や、寮祭の夜ワインで酔っぱらって、何人も一緒に肩を組んで歌いながら練り歩いた近くの女子寮までの通り、古い市街のモニュメント、居酒屋などを目にしながら、私はだんだん力が抜けて行った。

 

ないのである。 記憶の中のあの姿が。 一緒に訪れた二人は平然とした顔をしていたが、私はショックだった。 私が留学した時は、その10年前にそれまで独裁政権を築いて来たフランコ将軍が死去し、スペインに民主主義時代が始まって間もない時期だった。 特にその当時は、民主化で大きく変貌しつつある時代ではあったに違いない。 だから余計に無理もない。 あの懐かしい街角の風景も、人々が醸し出していたあの時代の独特で味わい深い文化の香りも、すっかり姿を変えていたのだ。 一緒に訪れた二人にしてみれば、32年間かけて一緒に変貌して来たので何の不思議もないのだろう。

 

その後再会を果たした学生達みんなと別れて、私は車で2週間かけて懐かしいスペイン国内を一周した。 かつてつぶさに走り回った世界なので駆け足の旅ではあるがとても楽しみだった。 ところが何処でも同じだった。 あの懐かしい時代のスペインの姿はもう何処にもなかった。 私は心の中で32年間あの想い出をいつも抱き、いつも海の向こうではあの世界が生きていると固く信じ、心の支えにして来た。 滑稽である。 もうとっくの昔に、その想い出の姿はただの過去のひと時の想い出となって姿を消していたのだ。

 

よくよく考えてみると、何もスペインまで引っ張り出して来てする話ではなかったかもしれない。 自分の幼少期に親と住んでいた家やその近所は誰にとっても懐かしい想い出だろうが、それが今もそのまま残っているはずがない。

 

更に考えると、これは街並みの姿にだけ起こり得る話ではない。 昔の友に何十年振りに再会するとその変貌ぶりにかなりのショックを受ける。 相手もこちらの変貌ぶりに腰を抜かしているだろう。 一番ショックを受けるのは、かつて胸をときめかした異性の友人に再会した時だろう。 私は何回か経験がある。 もう言葉も出ない。 自分は昔何を考えていたんだろうと、会わない方が良かったと思った事もあった。 まぁ相手もお互い様でそう思っていたかもしれない。

 

人生って、映画のフィルムのような瞬間の連続だとつくづく思う。 続いているように見えても、異なる瞬間が延々とつながっているだけで、留まる事はない。 過ぎ去ったシーンの一コマは反対側のリールに巻かれて行って、もう二度と戻って来ない。

 

 

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