人類は常に変革の中を生きてきた。
しかし、昭和の価値観で育った私には、目の前を通り過ぎている変化を、穏やかな気持ちで見届けるのは難しくなっている。
技術と社会の進歩が、かつてなかった規模と速度で私たちを吞み込んで、世界を塗り替えようとしている。
世の中は国際情勢という不安定な土台の上に立っている。
二度の世界大戦を経ても、私たちが手にしたのは恒久平和ではなく、権威主義国家と民主主義国家の深い断層だった。
この断層は、決して静かな境界線ではない。
権威主義国家は本質的に権威の拡大を志向し、
民主主義国家もまた宗教や価値観の違いを内包し、火種を抱えている。 均衡しているように見える世界は、実のところきわめて脆い。
そして、この国際的な緊張をいっそう危険で深刻なものにしているのが、新しい技術の誕生と開発である。
従来では不可能だった戦い方を容易に可能にする新技術の軍事転用が、新たな緊張を生み出している。
より根の深い問題は、技術革新が持つ「諸刃の刃」としての性質だ。
自動運転やAIといった話題は、もはや序章にすぎない。
医学の最前線では、細胞分裂そのものを人工的に操作する研究が進み、昭和の倫理観では想像すらできなかった領域に踏み込んでいる。
・ 人工的に卵子をつくる技術
・ 人工細胞分裂による生命の最小単位の創出
・ 生命をゼロから作り出す方向性
これらは、生殖の意味や生命の定義そのものを揺るがす。
「科学者の良心」だけでは制御できない時代が、すでに始まっている。
昭和の科学は「自然の仕組みを解明する」段階だったが、令和の科学は「自然の仕組みそのものを書き換える」段階に入った。
技術革新は、それ自体が新たな国際政治の分断を助長し、
その分断がまた技術革新の競争を生むという、相互作用と悪循環を生み出している。
それでも歴史は、どんな時代も途絶えることなく続いてきた。
人類は、困難を乗り越えるたびに新たな世界を築いてきた。
しかし、いま起きているのは単なる進歩ではなく、文明そのものの前提の書き換えである。
・ 生殖の意味
・ 生命の定義
・ 国家の役割
・ 戦争の形
昭和の価値観で育った私が戸惑うのは当然だ。
かつて、科学は学者と国家が管理するものだった。
技術は「進歩」として素直に受け止められた。
今やそれは、同時に「新たなリスク」も生む諸刃の刃として受け止められている。
それでも歴史が続く限り、今までそうであったように、人類はこの変化にもまた、何らかの答えを見出していくのだろう。
令和の技術革新は制御の範囲を超え、国際紛争は未曽有の強力な緊張関係を生んでいる。
民間企業、個人研究者、国境を越えた研究チーム、そしてAIが絡み合い、
かつてない速度で世界を変えていく。
特にAIの出現は、それ自体が猛烈なスピードで作業をこなし、技術開発の速度を加速させるという、自己増殖的な効果を生み出している。
もはやこの連鎖反応は、誰にも止められないように見える。
国家は、国際紛争の中で威信をかけて技術に資金を投じ、
技術は再び争いの火種となる。
原子力がそうであったように、歴史は再び同じ構図を、より強力な形で再演しようとしている。
二度の世界大戦が残した、権威主義国家と民主主義国家の分断。
暴走し続ける技術。
そのただ中で、昭和の価値観を持つ私は、なおも問い続ける。
人類は、この変革をどのように乗り越えていくのだろうか。
人類は常に変革の中を生きてきた。
そしていま、私たちはその言葉の意味を、かつてない形で試されている。
歴史はいつも、破局の縁で踏みとどまってきた。
だから私は、人類は最後には必ずや歴史に残る賢い選択をする、と信じたい。