近視眼から大宇宙へ - 思考のトランスファー

最近の世界情勢を見ていて本当に絶望感に浸る事が増えた。 世界の名だたるリーダー達の愚かな行動が、夢であって欲しいと思わずにはいられない。

 

私は中学生時代、天文学の世界に惹き込まれて行った。 まだ世の中の様子がちらりと見え始めて来たばかりの年頃であったが、天文学の書籍を開くと「大宇宙への誘い」が展開され、夢の世界が広がった。

 

学問と言うのは真実を極める世界だが、数多い学問の中でも天文学を始め、物理学などの自然科学は、知れば知るほど我々を日常生活から離れた空想や概念の世界に惹き込んでくれる。

 

日常的に感じている現実の世界と空想の世界の間には大きな距離があって、現実的な生活に追われている状況では、それが経済的理由であろうとなかろうと空想の世界に考えを及ばせる事は少ない。 その動機も意味もない。 昔訪れたアジアの貧しい低開発国では綺麗な夜の星空を見上げる人はいなかった。

 

私自身、空想の世界に惹き込まれ渡った事があった時期は、限られていた。 最初に惹き込まれたのはその中学生時代であった。 目の前の社会が見え始めたタイミングでちょっとしたきっかけで空想の世界を知った。 どちらの世界も知り始めたばかりで、重さにそれほど差はなかったので、素直に眼を見開いて惹き込まれて行ったのではないかと思う。

 

その後は次々に目の前に現れる忙しい現実の世界が視界のすべてを覆い、学生時代、社会人へと時が過ぎて行った。

 

40代も半ばを過ぎて会社の中で相応の足場を得て、充実した安定的な時期を過ごすようになった時、再び「空想の世界への希求」が再開した。 やはり、空想の世界は現実の世界で余裕が生まれないと踏み入れない世界だ。

 

天文への興味は日々エスカレートし、庭に天体観測室を作り遠方銀河の撮影に没頭し始めた。 遠方銀河とは宇宙の彼方の遠方にある小宇宙(銀河)と言う星の集まりだ。 

 

https://mafnet.jp/blog/archives/373

(『大宇宙と人間』)

大きな天体望遠鏡を使って夜中から明け方まで何時間もシャッターを開きっぱなしにしてやっと撮影できる、とても肉眼では見えないほど暗い天体だ。

M51 二つの小宇宙(銀河)が重力を影響し合って繋がっているようになっている。「子連れ銀河」と言う愛称で呼ばれている)

 

 この遠方銀河(小宇宙)を見ていると、本当に気が遠くなって気すら失いそうになる。あの淡い雲の様に光る銀河を構成している点にすら見えないような小さな光がひとつの太陽(恒星)であり、その周りを地球のような惑星が回っているのだ。

あそこから我々がいる銀河系をこうやって写真にとって、その中の点にもならない存在の、太陽系の中の惑星のひとつであるこの地球を俯瞰して見たら、この地球の上で繰り広げられている色々な争いがなんと情けなく見える事だろう。 こんなちっぽけの星の上で、国境がどうだ領土がどうだとせめぎ合っている人間が本当に情けない。 その一言に尽きる。

 

天文ファンでもないのに、星空の彼方の銀河から地球を見下ろすなんて意識する事は難しいと思う。 そんな時は、夜空の一つの星をじっと見つめて頂きたい。 その星は恒星(太陽と同じ燃えている星)で、その周りを惑星(地球と同じ)がきっと回っているに違いない。 そしてその惑星の中にはきっと地球と同じように、人類が存在していて社会活動をしているに違いない。 遥か彼方の星の世界だ。

 

そうやって我々が見上げている事は、遥か彼方の星に生きている「人類に」にして見れば、宇宙から自分たちの星を俯瞰している事になる。 その星に生きている「人類に」に、そんな事で生死をかけて闘っているなんて「こんな広い大宇宙の中で、余りに小さく情けなく意味のない事だよ!」と教えてあげたくなる。

 

夜空の星を見上げていると本当に心が洗われる。 今にもまた大戦争が始まり兼ねない人間の欲望のぶつかり合い。 その為に既に失われているたくさんの尊い命。 一度失われたら二度と戻らない貴重で稀有な命。 人類よ、目を覚ませと叫びたい。

 

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