Gパンからトレンドを越えた、私の選択

最近の朝は寒さが厳しくてトイレが近くなる。 先日2時間近く散歩して帰宅すると、手袋していても手が冷たくなってかじかんでうまく動かなくなっている。 ゴミ拾いをする為に常に手を差し出して、トングで挟む操作を繰り返しているせいもある様だ。 慌ててトイレに駆け込んで愛用のGパン(デニム)のベルトを緩めチャックを下ろそうとしても、ベルトの金具のリリースボタンは押せず、チャックのつまみも掴めない。 用足し要求のボルテージは上がっていて「これはまずい!」と焦ると更に難しくなり、トイレの中で顔が真っ青になった。 チャックを引き下げない事には用が足せないのだ。 散々奮闘してスレスレでセーフとなった。

 

LINEで従妹にその話をしたら、ベルトもないゴムで留めるだけのスウェットパンツを勧めてくれた。 今のはやりだそうだ。 確かに若者を中心にダボダボのタイプを中心に、良くその辺で見かけるものだ。 嫁いだ娘も、我が家に来る時に良く着ているお馴染みのファッションだ。

 

私はファッションにはあまり関心がなく、デニムの頑丈なGパンが気に入ってこれが好きだと思ったまま何も考えずに40年経っている。 言われてみればあの頃と今では周りの人達が身に付けている服装はかなり異なっている。 しかしその変化をずっと見て来て知覚はしているのだが、流行には全く関心がないので、自分が良いと決めたGパンでずっと暮らして来た。

 

従妹に言われて、改めて周りを見回して考える事になった。 勧められたスウェットパンツは、楽そうだがあのダボダボ感が私にはしっくり来ない。 第一、「今のトレンド」だと言う所が気に入らない。 元来私は他人と同じ事をするのがあまり好きではないのだ。

スウェットパンツを見るとなんとなく寒そうだし、こんなもの身に付けて、例えばコンサート等には絶対に行けない。 その点Gパンは上にブレザーなど羽織れば、コンサートにはいて行っても全く違和感はない。

 

そこでたまたま帰省して我が家にいた息子を見ると、彼が身に付けていたのはダボダボ感は無く、ぐっと締まった感じでスポーツ感のある物だった。 ジャージだった。 ジャージもスウェットパンツも名前はしょっちゅう聞くが、自分には縁がない物なので、細かく関心を払った事はなかった。 改めて目の前で見て、調べてみて違いがはっきりわかった。

スウェットパンツは綿で出来ていて柔らかく保温性もある普段着だが、ジャージは化学繊維で出来ていて軽量で強い運動着だった。 ダボダボ感がないだけ気に入った。 しかし普段着としては快適そうでも、やはりコンサートには着て行けない雰囲気だ。

 

そしたら次にスラックスパンツと言う選択肢が出て来た。 たまたま息子が荷物の中に入れて来たので見せてもらったのだが、これならコンサートにも出かける事のある「昭和の爺さん」にぴったりだと判明した。これが良さそうだ。

思えばファッションの流行には関心がない私が、今まで着て来た物、特にズボンについては時代がはっきり二分化されている。 学生時代からはいていた普通のスラックスが、留学したスペインでGパンに切換わったのだ。 私が惚れ込んだスペイン文化は当時Gパン全盛で、日本から行った私に鮮烈な印象を与えた。 私にとってGパンはスペインの学生達との暮らしで身に付けた「ファッション」であり、あれから40年間も私と言う人間の個性のひとつのシンボルであり、アイデンティティの一角を成していた。

もちろん会社勤め時代の仕事着はいつもスーツにネクタイ姿だったが、普段はGパンだ。 会社退職後の自営業になってからは仕事時も含めてずっとGパンだった。 それが「チャック事件」をきっかけに大きく変わろうとしている。 流行やトレンドに敏感な人は、常に世の中の趨勢を肌で感じていて、時代を先取りしているのに違いない。 そういう意味で私はトレンドに対しいつも数十年幸甚を拝している。

 

そう言えば私がかつて40日ほど滞在して全国5,000Kmを車で撮影旅行をしたミャンマーでは、男も女もロンジーと言う腰に布を巻き付けただけの伝統衣装を身に付けた人に沢山出会った。 ロンジーを初めて見た時はかなり鮮烈な印象を受けた。 とても現代人の出で立ちとは思えなかった。 巻いた布を腹の上で結びつけて留めているのが特徴だ。

また、2年ほど居住したフィジーではスルー(Sulu)と言う、布を腰に巻き付けた、似たような伝統衣装を多くの人が身に付けていた。 ロンジーは「長い布を巻きつけた」と言うイメージだが、スルーは「きちんと作った巻スカート」と言うイメージだ。

そんな衣装も見て来た経験もあるのだろう、私は自分が着るか着ないかと言う問題は別として、実用的な特性面を除いたファッション自体には余り拘りはない。 今目の前にいる、同じ世界の人達が揃ってあるファッションを追いかけていても、違う世界ではまったく違ったものが人々に愛されている。

私の半生を支えてくれたGパンが、このまま素直にスラックスパンツなるものに切り替われるのかまだ予断を許せないが、自分がいいと思ったもの、常にそれが自分のアイデンティティだと言える物を大切にして行きたい。

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