人生には、仕事や生き方を決定づけるような「支えてくれる人」との出逢いがある。
私のタイムラプス撮影事業を成功へ導いたのは、まさに三つの出逢いだった。
第一の出逢い ― 韓国の友人キム・サングー
先日、Facebookに流れた私の記事に、懐かしい韓国の友人から反応があった。
今では連絡を取ることもなく、日常の意識から遠ざかっていた人だ。
感謝の気持ちを込めて返信すると、彼はすぐに返事をくれた。
「タイムラプス撮影関連機器が世の注目を集めたあの十年間あまり、あなたと一緒に事業ができてとても幸せでした。」
その言葉を読んだ瞬間、胸の奥が熱くなった。
彼こそ、私にタイムラプスの存在を教え、その世界へ誘ってくれた運命の人であり、彼がいなければ今日の私は存在していなかった。
25年前、彼は私のホームページの天文フォーラムに度々訪れるようになり、やがて何度か来日して酒宴を共にするほどの仲になった。
私が銀行を辞め、独立の道を探してフィジーで暮らしていた頃、彼は日本に先駆けてタイムラプスが広まった韓国で、タイムラプス撮影関連機器の開発会社を立ち上げ、急成長を遂げていた。
彼は、そのときまだ日本ではタイムラプスがほとんど世に広まっていないことを知っていた。
ある日、彼からメールが届いた。
「被写体としては申し分のない絶景に溢れた南国にいるのだから、タイムラプスの撮影を始めてみたらどうですか?」
もとより天体写真の世界で意気投合していたこともあり、私は二つ返事で彼の言葉通りに新しい世界に踏み出した。
これがすべての始まりだった。
第二の出逢い ― ドイツのグンテル・ウェグナー
しかし、当時の日本ではタイムラプスの情報がほとんどなく、ノウハウを得るのは容易ではなかった。
ネットを探し回って辿り着いたのが、ドイツのタイムラプス・フォトグラファー、グンテル・ウェグナー氏だった。
彼は世界のタイムラプス・フォトグラファーの草分けであり、『LRTimelapse』という画像処理ソフトを開発したエキスパートだった。
彼は熱心に関心を寄せる私に丁寧に接してくれた。私は彼とメールを重ね、撮影のノウハウを学び、やがて日本で彼のソフトの普及を担うことにまでなった。
技術的な基盤は、彼との出逢いによって確立された。しかも初心者としてのスタートではなく、エキスパートのレベルからのスタートができたのだ。
遠いヨーロッパの地に友を得た幸運が私を救ってくれた。
第三の出逢い ― 長野県小海町役場の皆さん
そして最後に訪れたのが、小海町役場の皆さんとの出逢いである。
事業を開始して数年が経ち、機材輸入販売以上に、タイムラプス・フォトグラファーとしての撮影事業が活動の中心となっていた。
そんなとき、長野県での「星まつり」への出展をきっかけに声をかけていただき、小海町の観光PR動画の撮影依頼を請けることになった。
毎月のように町へ通う中、役場の担当者の方と信頼関係と固い絆で結ばれるようになった。「業者対顧客」の関係を超えたつながりが新しい撮影システム開発の礎を築いてくれた。
14ヶ月に及ぶ長期タイムラプスの撮影は、その後の私の技術と事業を大きく飛躍させる転換点となり、私の事業を成功に導いてくれた。
『すべては、あの出逢いのおかげだった ― 新しい撮影システムの誕生』
壊れかけていた私を救ったもの
私は銀行を辞め、「自分の力で必ずなんとかできる」と意気揚々に新しい世界に挑んだ。しかし現実は厳しく、行く先々で鼻面を叩かれ、苦悩の生活は数年以上続いた。
私はもう、壊れかけていた。
そんな時だったから、私は昔からの韓国人の友人の一言に素直に心を開いた。
その瞬間から、縁が向こうから飛び込んでくるようになった。
人一人の力でできることなど何もなかった。
その事実に気づき、人の言葉を謙虚に受け入れられるようになったそのとき、私があがかなくても、向こうから私に縁が飛び込んでくるようになった。
人生の教訓は、人生をかけてこそ学べるものだ。
少なくとも、私にはその回り道が必要だった。