「水無月の 夏越(なごし)の祓(はらえ)する人は ちとせの命 のぶというなり」
間もなく六月の末日を迎え、今年も半年が過ぎて折り返し地点に到達する。
週に一度訪れる地元の大きな神社。その鳥居の二本の柱の間には、茅(かや)で編まれた大きな輪が取り付けられている。
これを「茅の輪(ちのわ)」と呼ぶ。横に立てかけられた看板には、冒頭の和歌を唱えながら輪をくぐり、その後に参拝せよと記されている。
この神事は、一年の前半に心と身体に溜まった穢(けがれ)を祓い、これから迎える盛夏を健やかに乗り切るためのものだという。
大晦日の「年越しの祓」と対を成し、一年を二つの節目に分けることで、私たちは時間の経過をただ茫然と眺めるのではなく、意識的に自己を切り替える契機を与えられている。
古来、日本人は時間に区切りや目安をつけて暮らしてきた。歳まわりを十二支で表したり、人生の節目ごとに長寿祝いを行ったりするのもその一例である。
しかし、自分がその当事者となる年齢に達した時、これらの「節目」が持つ意味は一変する。
還暦を過ぎたあたりから知人の訃報に接する機会が格段に増え、「古代稀なり」とされる古希を越えると、喜寿、傘寿、米寿、卒寿といった呼び名が現実味を帯びて迫ってくる。
これらはすべて漢字の形状や語義から形式的に刻まれた区切りに過ぎないが、ひとたびその渦中に身を置けば、そこには有無を言わせない強烈なメッセージが潜んでいることに気づかされる。
巷にはそれをめでたく祝う風習もあるようだが、私はそのようなものをがんとして受け入れたくはない。
世間が用意した長寿祝いという枠組みは、見方を変えれば「あなたはもう今の社会の主役ではなく、確実に衰えつつある存在だ」という、残酷なレッテルの貼付にほかならないからだ。
現役として自負を持ち、今を生きる人間にとって、それは社会からの静かな引退勧告のようにも感じられ、強烈な拒絶感が頭をもたげる。
かつて、私がまだ人生の坂を登っている最中だった頃、こうした長寿祝いなど別世界の出来事であり、率直に言ってどうでもいいことだと思っていた。
自分がその年齢に達して初めて、誰にでも差別なく訪れるこの「記号化された老い」の恐怖と、いやがおうにも直面させられる。
だが、ここで思考を止めてしまえば、老いは単なる社会的な敗北と諦念で行き止まりとなる。 私は、日本文化が時間に節目を刻んできた本質は、そこにはないと考えている。
社会が一方的に押し付けてくる「長寿祝い」という物差しは拒絶しても、日本人が先人から受け継いできた「時間を主体的に区切る知恵」までは否定すべきではない。
私が今、神社の境内で茅の輪をくぐるのは、社会的な義務や長寿の祈願のためではない。半年の間に知らず知らずのうちに積もった心身の澱(おり)を自らの意志で調え、リセットし、次の半年を生き抜くための「主体的な区切り」を私自身が求めているからだ。
それに気づいた時、定められた節目は、社会から追いやられる境界線ではなくなる。 それは、かつて若き日の自分が決して届くことのできなかった、生き抜いた者だけが足を踏み入れることを許された世界への「道標」へと姿を変える。
これからも、世間が貼るレッテルには毅然と抗いながら、文化が教えてくれる人生の道標をひとつひとつ自らの目で確認していく。
そこに伴うのは、喜びとも悲しみとも恐れともつかない複雑な感情だ。
しかしそのすべてを抱きしめたまま、最期に向けて、私は私だけの道を一歩ずつ着実に歩み進めていく。