何回繰り返しても終わらない文章の推敲

もともと文章書きが得意でない私が、日々エッセイを書く様になってから試練がずっと続いている。 毎日400字詰め原稿用紙4枚程度の長さを目途に記事を書いているのだが、パソコンの時代で本当に良かったと思っている。

 

私の書き始めたひとつの記事がどのよう書かれ、最後にnoteで公開されるまでのPC画面を、連続してムービー撮影して早送り再生してみたら、私がどれだけ奮闘しているかをリアルに見えて面白いのではないかと思う。

 

とりあえずたたき台となる記事が出来上がるまで、単語の修正・文章の修正・数行まとめての切り貼り・移動・入替えなどキーボードとの闘いが延々と数時間も続く。 これは紙とペンでは到底出来なかった事だ。 昔の人は良く小説など書けたものだと思う。

 

今は仕事もない自由人となった私には、朝4時前に起きてから夜9時前に寝るまで時間はたっぷりあるので、たたき台となる記事が一通り出来上がったら、たっぷり時間をかけて推敲を始める。 読み返す度に修正が入る。 丸一日同じ記事と闘い続ける事もある。 あまり根を詰めて推敲してもダメなようだ。 もういいと思っても、ちょと気晴らしをして読み直すと修正したい所が出て来る。

 

私の場合、たたき台となる記事が一通り出来上がった所が、完成まで長い推敲作業の出発点だ。 通常、記事は4~5本を公開に先行して描き溜めている。 それは、突発的な事態発生により書く時間がなくなったり、頭が切れて何書いてよいか分からなくなった時にカバーできるようにする為だ。 すると記事がとりあえず完成してからも平均して4,5日は推敲する時間があると言う事になる。

 

すべての書き溜めた記事を毎日推敲する訳ではないが、明日公開しようと決めた記事を改めて見直すと、たくさん手直ししたくなる箇所が出て来る。 その作業は夜寝る前まで続く。

 

私の場合、朝4時前に起きたらまず最初に公開作業をする。 目覚めた所で熱いお茶をすすりながら最後の確認をじっくりと行う。 これが最後だと思うと、一文字一文字を食い入る様に見つめ、何か問題点はないか確認する。 必ず修正点が出て来る。 スルーで公開した事は一度もない。 あれだけ何度も何度も見直して、昨晩も就寝前の最後の時間まで諦めなかったのに、それでも朝リフレッシュした目と頭で推敲すると出て来るのだ。

 

簡単な「てにをは」の修正だけの時もあるが、1,2行書きなおす事もある。 新しい気持ちで読み直すと、不自然な流れを感じる事が良くある。 だから集中して徹底的に推敲する事も大切だが、頭を冷やして完全にリセットした状態で見直す事が大切だと感じている。 集中してしつこく見直しても、頭が思い込み状態になって、不自然を不自然と感じなくなってしまうのだ。

 

この当日朝の一発が推敲作業との決別の時だ。 腹を決めて、コピペでnoteへ投稿・公開する。 公開した後で、note上で作業の確認の意味も込めてもう一度だけ見直す。 この段階でも5回に1回くらい修正点が見つかり、編集機能で更新する事もある。 そして公開してしまったこの記事にも、きっとまだ修正すべき点が残っている事だろうと思う。

 

私はnoteで公開する事により、生まれて初めてこんなに「しつこく」自分の書いた文章を推敲する事を経験した。 そして自分がさらりと書いたままの文章が如何に不完全で恥ずかしい物であるか思い知る事になった。 「知らぬが仏」とはこの事である。 手紙、LINEのトーク、かつて発信していた外国語習得のメールマガジンなど思い出すと恥ずかしくてぞっとしてしまう。

 

私のような人間にとって、文章を書くと言う事は大変難しい作業だ。 万が一にも、思いついた物をそのまま手放す事はせず、推敲に推敲を重ねる事だ。 それも一度でなく、時間や日を変えて頭と目をリセットして何度か繰り返す事だと学んだ。 願わくばそんな事にあと数十年早く気が付きたかった。

 

 

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