もったいないことをした

自分が手にしていたかけがえのない幸せに気づかずに、他の世界に目を奪われ、いたずらに多くの時間とエネルギーを費やしてしまう。傍から見たら「もったいない」生き方をしているということは、案外よくあるのではないかと思う。

 

映画「男はつらいよ」の第三十四作『寅次郎真実一路』では、そんなエリート証券マンの姿が描かれている。

一杯飲み屋で証券マンと知り合った寅さんは、すっかり酔っぱらい、彼の自宅に一晩泊めてもらう。朝起きると、すでに彼は出勤したあとで、家にいた大原麗子演じる奥さんが、寅さんには眩しいほど美しく見えた。

寅さんは、美しく優しい妻がいながら、日々仕事に追われ続けるその証券マンの生き方が、どうにも理解できなかった。

 

そして柴又へ帰ると、

「花に例えりゃ、薄紫のコスモスよ」

とその奥さんを懐かしそうに思い出しながら、

「あ~あ、もったいないねぇ」

とため息をつくのである。


私はその場面で、一瞬、自分の若かった頃を思い出した。

本来なら、与えられていた幸せに感謝しなければならなかったのに、家庭を顧みず、仕事だけでなく遊びにも夢中になっていたあの頃の自分の姿が重なった。

 

人間は、「持っているもの」より「持っていないもの」に目が向きがちなのかもしれない。

健康なときは健康のありがたさに気づかない。

家族がいることを当たり前と思う。

平穏な日常を退屈に感じる。

安定した仕事より、手に入らない冒険に憧れる。

今いる場所より、別の場所の方が魅力的に見える。

 

私も、自分の手元にあるものの価値を見ようとせず、別の世界に答えがあるような気がして歩き回っていた。しかし歳を重ねて振り返ると、探し求めていたものの多くは、すでに自分のすぐそばにあったように思う。

 

その幸せを支えてくれていた大切な人たちを傷つけたり、その幸せそのものを壊しかけたりしたこともあったと思う。

それでも、取り返しがつかなくなる前に目を覚まし、自分の愚かさに気づくことができたのは、不幸中の幸いだった。

 

もしかすると、大なり小なり似たような経験をし、年齢を重ねてから同じ思いに至った人は少なくないのかもしれない。

そして、そのことに若いうちから気づいている人は、それほど多くないようにも思う。


人生では、誰もが様々な闘いに向き合う。

前向きな挑戦もあれば、自らを駆り立てる欲望や野心もある。

私自身を振り返ってみても、若い頃は今あるよりものより、まだ見ぬ何かに心を奪われることが少なくなかった。

そうした気持ちが、新しい挑戦や成果につながることもあるのだろう。

 

しかし、人生において成功だけが頂点なのではない。

何気ない日常の中にある温かな時間こそが、後になって振り返ったとき、かけがえのない宝物だったと気づくのである。

 

人は、自分が手にしている幸せを、当たり前のものとして受け止め、その価値になかなか気づけない。

本当の意味でその価値を知るのは、長い年月を経てからだったり、あるいは失いかけたり、失ってしまった後だったりする。

 

お金は、失っても取り戻すことができる。

そのときは「損をした、無駄なことをした」と思っても、稼ぎ直すことができる。

お金には色がないからである。

 

しかし、取り戻すことができないものを失ったとしたらどうだろう。

それは、一生の不覚と言ってよい。

「もったいないことをした」

と言うのは、そういうことである。

 

 

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