善意の技術がもたらす救い
昨日、友人から「私が設置・運用している掲示板」がダウンしている、と連絡が入った。
慌てて確認すると、ページを開いた瞬間にサーバーエラーが表示される。念のため、他のサイトで運用している掲示板も調べたところ、四十五か所すべてが同じ状態だった。頭から血の気が引いた。
原因を探ると、レンタルサーバー側で プログラミング言語のPerl のバージョンが更新され、古い CGI が動かなくなったことが判明した。
しかし、どこをどう直せば良いのか、まるで雲を掴むような話だ。
私が使っている掲示板の CGI は、かつてフリーソフトを入手してインストールしたもので、近年になって機能やデザインを AI に頼って何度も改良してきたものだ。今さら最新バージョン対応のソフトを入手して一から作り直すわけにもいかず、結局また AI に助けを求めることになった。
この問題は AI にとっても簡単ではなかった。
問題箇所の特定から修正方法の模索まで、数えきれない試行錯誤が続いた。堂々巡りのような回答が返ってきたときには「もはやこれまでか」と思ったが、辛抱強く粘り続けた結果、半日ほどでなんとか解決にたどり着いた。
最後には、成功に導いてくれた彼の能力に脱帽することになった。
悪意の技術がもたらす破壊
ところが、同じ AI 技術が、とんでもない方向に利用され「活躍」する例もある。
先日のニュースでは、小学生から高校生のグループが AI を駆使して攻撃プログラムを作成し、特定企業のサイトから数百万件の個人情報を盗み出したと報じられていた。「小学生」という文字に目を疑った。
AI の能力にも驚くが、それを小学生が自由に操れたという事実に、背筋が凍るような恐ろしさを感じた。
同時に、その子が横道にそれずに成長していたら、どれほど有能なプログラマーになれただろうかと思うと、無念でならない。
生成 AI を使った迷惑動画や中傷画像の問題も重なり、今では架空の場面を生成しようとしてもシステム側でブロックがかかることがある。プログラムの作成にも攻撃に利用されることを懸念して、善悪の境界にある微妙な機能などが同じように制限される可能性も否定できない。
海外では、AIで爆弾の製造方法を学び、凶悪なテロ事件を起こした例もある。
悪意の利用を防ぐための制限は当然歓迎すべきことだが、こうした事例が増えるほど、善意の利用者が必要とする問題解決にも影響が及ぶのではないか と懸念してしまう。
悪意が社会の利便性を奪う構造
実は、この「無念に感じる現象」は AI に限った話ではない。
面倒くさいパスワード、SMS 認証、資料をひっくり返して確認番号を探す手間。スムースに進めていた作業が中断され、腹立たしくなることがある。
回転寿司も、流れてくる皿にさっと手を伸ばすだけで良かった時代から、悪意のいたずらを防ぐために「完全注文制」へと変わった。手軽さも、回ってくる寿司を眺めて選ぶ楽しさも失われた。
改めて周囲を見渡すと、悪意のある者からシステムを守るために、数多くの利便性が犠牲になっていることに気づく。
世の中には悪意に満ちた人間が少なくない。程度の差こそあれ、隙あれば平然と悪いことをする者は多い。
こんな環境で、道を外す者の低年齢化も不思議ではない。
悪意のある行為は人に対して行われ、社会という環境の中で発生する。
犯罪者がいない社会は考えられない。やむを得ない話なのだろうが、それでも、こうした現象は本当に口惜しい。
それでも善意の技術は前に進む
今回の障害で、私は AI の可能性を改めて感じた。
しかし、巷には悪意のある者に振り回されている悲しく腹立たしい事例が散見されている。
悪意の存在が利便性を奪い、発展を妨げることは避けられない。
それでも、善意の利用者が技術を育て、支え続ける限り、技術は前に進む。
私が AI に助けられてホームページを守れたように、
善意の知恵は、悪意に奪われながらも、必ず社会のどこかで誰かを救っている。