やっと終わった。 昨年の四月で事業を廃業したので、今回が最後の青色申告書となった。 簿記など習ったこともないのに手探りで始めた経理処理。 十数年間、「弥生の青色申告ソフト」を使い続けてきた。 日々の仕訳記帳を終え、年末の決算を迎え、年が明けると決算作業に取りかかる。 最初の頃は間違いや処理漏れも多く、ボロボロの決算処理だったが、さすがに年月を重ねた今回は、かなり順調に、すべての処理を漏れなく終えられたと思う。
この十数年で制度もかなり変わった。 たとえば税務署に申告書を持参すると、以前は控えに日付と税務署名の受領印を押してもらえたが、昨年からは押してもらえなくなった。 「丹精込めて作成した書類一式を大事に抱えて列に並び、受領印を押してもらう」 ―― これは私の大好きな「儀式」だった。 郵送と言う手段もあるが、「顔を出して書類を手渡しする」という行為には、「私は不正などしていません」という私なりの誠意が込められていた。
しかし税務手続きのDX化(電子化)が進み、要はパソコンからe-Taxを使えということだ。 e-Taxで手続きすれば、受信通知(メッセージボックス)が提出・受領の証明になる。
今回は最後の青色申告であること、そして使用しているソフトが確定申告書まで作成する仕組みになっていることから、紙で提出することにした。 来年からは確定申告書だけになるので、e-Taxで作成し提出するつもりだ。
すべての税務申告処理が終わった瞬間、急に身軽になった。 毎年この時期は本当に頭が痛かった。 一年に一度の作業なので、前年にやったことは忘れていることも多い。 歳のせいもあって、近年はその負担がいっそう重く感じられていた。 だからこそ、この爽快感は「せいせいした」という気持ちに近い。
気持ちが軽くなった勢いで、部屋の棚にずらりと並んでいた会計帳簿を一掃し、別の部屋へ移動させた。 帳簿があった場所には、かつて勤めた会社での仕事関係の資料や、さまざまな趣味のファイル、十冊にもなる名刺ファイルなどを並べた。 まさに私の歴史が並んだような光景だった。
長い間すっかり忘れていた私の大切な資産だ。 その光景に、かつての自分の姿が重なる。 そして今の自分に「おかえり」と言っているように感じた。
個人事業を始めてから、私は人生で初めて全身全霊で仕事に打ち込んで来た。しかしそのために、それ以前の私の行動の「核」となっていた趣味へのエネルギーを、すべて仕事へと転嫁してしまっていた。 棚に並んだたくさんのファイルを眺めていると、まるで忘れていた過去へタイムマシンで戻ってきたような気持ちになった。
九ヶ月前に事業を廃業したときは、空虚感に包まれてこれからいったいどうしたらよいのか彷徨っていた私がいた。 そこで出会ったのがエッセイ書きという、自分と向き合う時間だった。 そうして精神世界の尊さに気づき、気持ちの整理がかなり進んで来たタイミングで、最後の青色申告と確定申告があり、目の前の棚も入れ替った。
予想もしなかったことなのだが、私の気持ちは大きく変わった。 単純に人生を振り返るという段階から、人生の最後を新しい「何か」で飾ろうという、創造への意欲が湧いて来たのだ。
仕事を離れたこれからは、命ある限り、新しい気持ちで自分の人生の最後を描いていこう ―― そんな「何かを造りたい」という気持ちに満たされていくのを感じている。 人生の最終章なのだから、出来・不出来は問われない。 それこそ「人生の余白」となるものだ。 ただ、私を知る人たちに、「これは、あの人のものに間違いない」と確信してもらえるような足跡を残したい。