欲望の果てに暴走する国々、沈黙する誠実

「ああ言えば上祐(じょうゆう)」と言う言葉が今から30年近く前に流行した。 オウム真理教の地下鉄サリン事件で首謀者・教祖の麻原彰晃が逮捕された後、元幹部であった上祐史浩氏がTV討論会などに出演し、投げかけられた質問に即座に屁理屈をこねて反論を繰り返したことを観て、辟易とした国民の間から生まれた表現だ。 「ああ言えばこう言う」をもじったものだった。

 

最近のTVニュースを見ていると「ああ言えば上祐か・・・」と思う事が本当に多い。 腹立たしい事が日増しに増えて来て、それは自分が歳をとって世を憂う様になったからそう思うのか、それとも本当に世の中が悪くなったからなのか、自分でも良く分からなくなって来ている。 その代表格が世界の名だたる大国の著名政治家達の発言である。

 

「自分はあんな事やっていて良くそんな事が言えるな」、「え?そんな理屈まじめに言ってんの?」「口がびりびりと音を立てて裂けてるけど、そんな事言って恥ずかしくないの?」「そんな屁理屈ってありか?」と言った話があまりにも多い。

 

世界にはイデオロギーの違いから「独裁専制体制」で統治されている国家がいくつかある。 統治者は目的の為、国家統治を揺るがさない為にはどんな嘘でも平然と真顔でつく。 多くの国民は真実を理解できず、体制に翻弄されている。 ところが近年は、世界のリーダーたる民主主義国家の中にまで、同じ様な事をし始めている国家が出て来た。

 

彼らには真実よりも都合が優先しているとしか言いようがない。 何を議論したとしても無駄だ。 ああ言えばこう言うだけだ。 それでも従わなかったら平気で抹殺される。 生命が絶たれなくても社会的にゴミに追いやられる。 TVニュースで報道される彼らの発言には全く意味がない。 歪められた屁理屈でこね回された事実を並べ立て、自分を擁護し、誇らしげに称え、唯一の正当な意見だと主張するだけだ。 聞くだけで気分が悪くなる。

 

何でこんな人間が権限を持っているのかと考えさせられる。 イデオロギーの違いで「独裁専制政治」を行っている国には、もともと民主的なプロセスは存在していない。 世襲であったり、歴史的な経緯から力を持ったものが台頭して来ている。 悲しいのは民主主義国家の中にある、リーダーが法的権限をなりふり構わず最大限に振り回し、聞くに堪えない理屈を振りかざして暴走している国家だ。

 

その国のトップの政治家は国民の選挙で選ばれた人なのだ。 少なくとも過半数支持する国民がいたから選挙で選ばれた。 それだけその国にはそんなリーダーにでも託さなければならない問題が存在していると言う事になる。 そう言う支援者から見たら、彼の屁理屈も正当な理屈なのかも知れない。

 

「独裁専制国家」で起きている事の真実は、判明してる限り民主主義国家では基本的にすべて報道されるが、民主主義国家の中で起きている事の真実は、「独裁専制国家」では自国の統治に都合の良い事しか報道されない。 更に幾らでも事実を曲げて捏造して報道されている。

 

戦後80年、第一次世界大戦からは110年も経ったが、結局人類はまたもと来た道に戻ろうとしているように見える。 平和な時代はいつまでも続かない。 人類は太古の昔から営々とそんな事を繰り返して来た。

 

そんな中でわが国は、敗戦国であるだけに極端にいびつな政治は行われていないが、この国の政治にも無念を感じる事は多い。 外見から明らかに問題点の所在がはっきりする事があっても、政府はそこに切り込まない。 何故か考えたらすぐわかる。 その業界を切ったら選挙で票が取れなくなるからだ。 皆自分の立場を擁護する発言ばかりする。 屁理屈ばかりこねて誤りを認めない。

 

ただ、日本では正義を訴えた時、悪くても無視されるだけで済む。 それが同じ民主主義陣営の中の「暴走する大国」では失職させられる。 イデオロギーの異なる「独裁専制国家」では殺される。

 

一方、こう言った失望を感じる国家や政治家に対し、それに翻弄されている国民の大多数は誠実に生きている。 中にはどうしようもない悪事を働いて生きている人間も存在しているが、多くの国民はこう言ったどうする事もできない一握りの「指導者達」に一生を振り回されて生きている。

 

個人個人思いが異なる人間を社会の中で共存させて行く為には、何らかの方法で社会を統率して行く存在が必要だ。 しかしどんな人間も権力を持つと欲に走るし、欲があるから権力を持とうとする。

 

歳のせいもあるのだろう。 TVを観ていてもそう言った「指導者達」の言い訳ばかりが耳に付く。 抽象的な言い方だが、世の中には道徳や正義があって、それらは整然と何処かに存在していて、そこが世の中の頂点だと期待して生きて来たような気がする。

 

人生ここまで生きて来て、周りを振り返るとこんな様だ。 なんたる世の中だったのか。 もう少し正義が通る世界だと思っていた。

 

結局、世の中詰まるところは個人の欲望だ。 それが具現化された物がだ。 自分にとって「誠実」である事はどこまで意味があるのか。 次々に疑問が湧いてくる。

 

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