休む国と働く国

今年2026年の9月は、11年ぶりに「シルバーウイーク」と呼ばれる大型5連休が成立した。さらに8月も、有給をわずか2日加えるだけで9連休となる暦の並びで、今年は「連休の当たり年」とさえ言われている。

こうした連休の増加は、昭和の時代には想像もできなかった日本の休暇文化の変化を象徴している。

 

日本では近年、休暇が増えたと言われる。しかし、私がスペインで見た「休むことを人生の中心に置く文化」と比べると、日本の休暇観は根本的に異なる。 この違いは、制度の変遷だけではなく、社会の価値観や産業構造、そして人々の人生観にまで深く及んでいる。

 

日本の「振替休日」制度は 1973年の祝日法改正で初めて導入され、日曜と重なった祝日は、翌月曜日を休みとする仕組みが整えられた。

その後2007年の改正で、「翌月曜日」から「最も近い祝日でない日」へと規定が変わり、結果としてGWなどに長い連休が生まれやすくなった。


私が就職した1976年は、まだ週休1日制で、土曜日は半ドン(午前中のみの勤務)だった。その後週休2日制が広がったのは1989年の銀行・公務員が皮切りで、1990年代に一般企業へと波及していった。

 

週休1日時代は、1週間の疲れを癒したと思えば翌日はもう月曜日で、自由を満喫できる時間は極めて限られていた。

それと比べると週休2日制は、社会全体が歓迎した「人間らしい暮らし」の象徴だった。

 

私はその制度が日本に広がる数年前の1984年、スペイン留学を経験した。スペインでは、フランコ独裁体制が終わり民主化が進む中で、すでに週休2日制が広く定着していた。

 

祝日と週末のあいだにある平日を休みにして連休をつくる、スペイン特有の 「橋をかける(hacer puente)」 という慣習がある。プエンテ(橋)という発想で、祝日と週末を平日という橋でつないでしまおうとするものだ。こうした連休は、もはや特別な出来事ではなく、日常のリズムの一部として息づいていた。

 

さらに驚いたのは「夏のバケーション休暇」である。1ヶ月以上にわたる連続休暇が一般的で、私が研修派遣された、地中海沿いの街の大手銀行の支店では夏のあいだ全員が交代で長期休暇を取っていた。

 

当然、業務は手薄になるし、担当先にも不便は生じる。にもかかわらず世間で不満の声が上がらないのが、さらに驚きだった。

地方銀行や一般企業の多くは、夏の1カ月を「全社休業」として看板を下ろすところが多かった。

銀行が休めば経済への影響は大きいはずだが、国も国民もそれを当然のこととして受け入れていた。

 

私は、目の前の信じられないような光景に、かたずを飲み、日本との違いにただ茫然とした。

これが「人生を謳歌すること」を前提とするスペインと、経済発展を前提とする日本との差であった。

 

彼らの休暇の過ごし方にも深い感銘を覚えた。

お金を使わないのである。海岸沿いのキャンプ場にテントを張り、家族そろって何週間ものんびりと過ごす。それが一般的なスタイルだった。

当時の日本で普通だった、「数日しかない夏季休暇に惜しげもなくお金を投じ、最良の体験を買い取る」という発想とは、あまりにもかけ離れていた。


今では日本でも休日数は増えた。しかし土日を除いた年間休暇の合計(祝日+有給取得)を見ると、日本は約30日に対し、スペインは祝日・有給取得に加え、「プエンテ文化」があるため50~60日に達する。最大で倍近い開きがある。

 

日本でも私が就職した五十年前(1976年)と比べれば、年間休暇日数は10日ほど増えた計算になる。

連休が増えたようには感じるが、有給休暇の取得率は60%程度に留まり(スペインではほぼ100%)、文化の違いが如実に表れている。

 

私が肌で感じる今の日本は、昔より休みが増え働かなくなった。しかしそれは、私自身がいつの間にか憧れたラテン文化から遠ざかり、日本の日常に埋もれてしまったことの証でもある。

 

この文化の差は、職場にも現れる。

日本の職場は個人が責任を負って仕事を進めるが、スペインはチームで仕事を回すため、誰が休んでも代替がしやすい。

日本では「休むことに申し訳なさを感じる」という心理が強く、罪悪感すら抱く。だから休暇は「権利」ではなく「迷惑」と捉われがちだ。

スペインでは休むことは「義務」であり、それは「人生の中心」と考えられている。

制度の違いは、文化の深層にある価値観の違いから自然に生まれている。

 

産業構造の違いも大きい。

日本の産業構造は製造業が中心で「止めないこと」を前提にしており、サプライチェーンが緻密に構成されている。部品供給が1日止まればライン全体が止まる。在庫を持たない高度な仕組みが構築されている。

スペインは産業としては農業が中心なので、休暇が増えても致命的な支障が生じにくい。

 

経済活動が最優先される日本では、銀行・行政は「止められないインフラ」とされ、スペインのように社会が長期休暇を許容することはない。


昭和の高度経済成長期、日本人は「働き蜂」と揶揄された。

週休は1日しかなく、月200~300時間の労働が普通、たった数日の長期休暇ですら取得率は3~4割だった頃に比べれば、現在の就業環境は大幅に改善された。

 

しかし、人生を楽しむという視点からすると現実はなお厳しい。

先進国が必ず休暇取得日数が多い訳ではなく、アメリカは、日本の半分前後と、世界最下位級の休暇文化に甘んじている。

やはりラテン圏を中心とするヨーロッパ各国が世界をリードしているのだ。

 

私が、30代初頭にスペイン留学を終えたとき、人生に対する考え方が大きく変わってしまったのには、こうした背景が深く影響している。

あの国で見た「休暇を人生の中心に据える」という価値観は、今も私の人生観の奥に、静かな余韻のように残っている。

 

 

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