熱く燃えた季節、灰に残る微熱

私がスペインで「人生を謳歌する」というラテン世界の生き方を学んで帰国した1985年の冬、小林旭の『熱き心に』がリリースされた。

 

旅先の四季折々の姿に、熱い想いを寄せたまま別れた女をなつかしく想い焦がれる気持ちを重ねて歌った、素晴らしい作品だった。

 

私は、「熱い心」という言葉と、胸を揺さぶるようなメロディーに惹かれ、この歌のファンになった。

唇に触れもせず別れた女に胸を焦がすという詩が、強く心を捉えた。

 

実はその年の夏、私はスペインで出逢った「熱い心」を歌った歌を胸に抱えて帰国していた。

スペイン人なら誰しもが知る愛の歌、『アマポーラ』である。

 

以下はスペイン語の原曲(Amapola)の歌詞と、それを私が訳したものだ。(既に著作権が切れているので公開可)


De amor en los hierros de tu reja

de amor escuché la triste queja

de amor que solo en mi corazón

diciéndote así con su dulce canción:

Amapola, lindísima Amapola,

será siempre mi alma tuya sola.

Yo te quiero, amada niña mía,

igual que ama la flor la luz del día.

Amapola, lindísima Amapola,

no seas tan ingrata y ámame.

Amapola, Amapola,

cómo puedes tú vivir tan sola.


格子窓越しに、愛の叫びを聞きました

愛の悲しい嘆きを

私の心の中でだけ響く愛の叫びを

甘い歌声であなたにこう語りかけます

 

アマポーラ(ひなげし)よ、世界一美しいアマポーラよ、

私の魂はいつもあなただけのものです

 

私の愛しい娘よ、私はあなたを愛しています

花が日の光を好むように

 

アマポーラよ、世界一美しいアマポーラよ、

そんなに冷たくしないで、私を愛してください

 

アマポーラよ、アマポーラよ、

どうしてそんなに孤独に生きられるのですか?


両方とも成就していない女性への愛を歌っている点では共通しているが、その性質は大きく異なる。

『熱き心に』は果たせなかった過ぎ去った日々を思い出す歌であり、『Amapola』は今この瞬間に燃え上がる愛を熱烈に告白する歌だ。

ラテンらしい前向きで情熱的な作品である。

 

どちらの国にも多様な表現の歌があるが、一般的に日本の歌には、満たされなかった過去を悼む哀調や陰影が多く、スペインの歌は現在を燃やす情熱が満ちている。

 

同じ時期に私の心に飛び込んできたこの二つの歌は、その後長く私のカラオケの十八番となった。

 

なんとも奇遇なことに、私がちょうどスペインで『Amapola』に出逢った頃、日本では沢田研二が歌詞だけまったく別のものに変えてシングル『AMAPOLA(アマポーラ)』としてリリースしていた。

そのカラオケ音源を使い、モニターに出る日本語の歌詞を無視してスペイン語で朗々と歌う私を、他の客は目を丸くして見ていたようだった。


私は「熱い心」という言葉が大好きだ。

熱い心がなければ、人生の中で新たな価値をつくろうとする主体的で前向きな力は生まれず、既存の価値に従うだけの生き方になってしまっただろう。

熱い心は、常に私に「人生に足跡を残そう」と考えさせてきた。

つまり、それは結局「自信を持つこと」に繋がったのだと思う。

熱い心とは、自分の人生を自分で選び取ろうとする意志でもある。

 

私はいつも何かに燃えて生きてきた。

たくさんの趣味や、現役最後に独立した始めた事業など、枚挙には暇がないほどだ。

私の人生はともすると「自信過剰」だったかもしれない。

しかし、それはいつも熱く燃えてきた証でもある。

 

TVで私より高齢の人が、芸術や技能、研究などの分野で驚くような熱い心を燃やしている姿を見ることがある。

その姿には、間違いなく若さを感じる。

私の熱さなど、まだまだたいしたことはなかったのだと、思い知らされる。

 

私の燃え盛る季節は終わった。

しかし、灰の底に残る微熱は、今の私を静かに煽っている。

 

 

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