起きていたい ―― 目覚めている事が私の生きている証し

私はとにかく起きていたい。

眠っている時間が、どうにも好きになれない。

 

寝入る瞬間だけは幸せだ。枕に吸い込まれて行くような、あの短い沈み込み。しかし一度眠りに落ちてしまえば、もう起きることしか考えなくなる。

夜中に目が覚めて枕元の時計を見るたび、「まだこんな時間なのか」と、がっかりする。目標は3時で、4時に近いと焦って飛び起きる。1時台はさすがに我慢するが、2時台後半なら観念してベッドを出る。

 

昔から、「死んだらいくらでも寝られる」と豪語してきた。

若さもあったし、寝ることよりもやりたいことで頭がいっぱいだった。

 

それに対して妻は、寝ることが生きがいのようだ。眠っているときが一番幸せだと言う。夜中に目が覚めて時計を見て、「もうこんな時間なのか」と、がっかりするらしい。

同じ時計を見て、まったく逆の感情を抱く二人が同じ家に暮らしている。

 

私は寝る前に翌朝の行動計画を頭の中でシミュレーションする。

 

1.最優先は、その日公開するエッセイの読み返しと最終推敲。

2.次にそれをnoteに掲載する。

3.私設ブログサイト「Okapi note」の該当エッセイも、最終推敲に合わせて修正する。

4.スキをくださった方のページを訪れ、記事を拝読する。

5.コメントを寄せてくれた方への返信をする。

 

ここまでで、あっという間に2時間が消える。

 

だから3時には起きないと、大変なことになる。

その後は椅子をリクライニングして、『男はつらいよ』を居眠りしながら2、30分見てリフレッシュする。

朝食だけは私が準備しているので、台所に立つ時間が最低30分。季節によって朝食と順番が前後するが、2時間近いゴミ拾い散歩が待っている。

ルーティンのすべてが終わってホッとすると9時近い。起床からすでに6時間が経過している。

 

朝3時に起きて、夜9時に寝る。その間18時間。その3分の1が朝のルーティンで消えていく。

年齢の割に睡眠時間6時間は短い。昼の間どこかで1時間ほど仮眠することもあるが、あまり熟睡することはない。

ただ、寝つきだけは早い。「次のエッセイのテーマを考えること」がコツだ。なぜか必ず、何か思いつく前に眠りに落ちる。


妻と私の行動傾向の差は、「刺激から解放されたい人」と「刺激を求め続ける人」の違いとも言える。

夢の中をそっと歩こうとする人と、夢に向かって転んでも走り続ける人。

その違いは、性格というより生き方の差だ。

 

私はいつも眠たい。慢性的な睡眠不足なのだろう。それでも寝ようとしない。若い頃から、どれほど仕事が忙しくて毎晩終電に乗って帰宅しようと、そこから目を突っ張ってでも遊んで生きてきた。

 

かなり不幸な「活動体」だ。

動いていないと落ち着かず、考えていないと不安になり、書いていないと自分が薄れていく気がする。

このままでは、身体中が悲鳴を上げてオーバーヒートを起こし、エンジンは焼き付き、タイヤはパンクして外れることになりかねない。

 

私が将来息を引き取って永遠の眠りにつくとき、素直に目を閉じるだろうか。

それとも最後の瞬間まで「もっと起きていたい」と目を突っ張るのだろうか。

 

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