ラテンの精神は死なず

調べものをしていてうちに、スペインでも定年延長が進み、平均退職年齢がいまや65歳を軽く超えていることを知った。

「人生を楽しむこと」を人生観の中心に据える、あのスペインでさえこうした変化が起きているとは思わず、正直なところ驚きを隠せなかった。

私が留学していた1984年当時は、62歳前後が普通だったのだから、なおさらである。

 

私はスペインで「人生を楽しむために生きる」というラテンの精神を学び、その教えに従って40年間生きてきた。しかし、気がつけば、そんな呑気なことを言っているのは自分だけで、まるで「裸の王様」だったのではないかという衝撃を受けた。

 

しかし数年前、スペインを再訪し、三週間あまりではあったが、旧友と再会し、かつて走り回った国内を車で巡った。

そのときの記憶がよみがえる。

 

そこには、私が知っていた古き良きスペインの姿はすでにはなかった。それでも、彼らの生き方に違和感はまったく覚えなかった。

それは、古き良き昭和の時代を知る外国人が日本を再訪し、かつての日本は消えていても、日本人独特の物の考え方や行動様式に基本的な変化を感じないのと同じである。

 

やんちゃ坊主だった旧友リカルドは、その後英国に留学し英語を身につけ、スペインの語学学院の英語教師になった。良い収入を得られる素晴らしい地位を得たにもかかわらず、五十代であっさりと退職し、美しい奥さんと二人の子どもとともに、夢のような生活を満喫していた。

 

庭には小さなブドウ畑を作り、庭の隅の石造りの小屋ではそのブドウからワインを醸造していた。また庭の一角にはレンガ造りの釜戸があり、そこでパエジャを料理していた。小さなプールも作られていて、子どもたちの天国になっていた。

私は留学当時、彼の実家に何度か遊びに行ったことがあるが、農村の小さな部落にある質素な家だった。だからこそ、彼が「夢を叶えた」のだとすぐにわかった。

彼は人生を謳歌し、楽しんでいた。


そんなスペイン再訪の記憶を思い出しながら、親しい学友に連絡をとり、今のスペインで何が起きているのか尋ねた。彼は、スペイン人は何も変わっていないと力説した。

 

日本と同じく年金受給者の増加が続き、財政を圧迫するようになった。

その結果、退職を遅らせると年金を数パーセント上乗せするなどの制度改革が進んでいるという。一度に完全退職せず、勤務日数を減らしながら年金を受け取りつつ働ける制度も導入されているそうだ。

 

しかし、私が再訪して見てきたスペインも、友人から聞いた話も、私が憧れたラテンのスペインの文化は間違いなく残っていることを示していた。

 

二時間もかけてゆっくり楽しむ昼食時間。

ヒエラルキー志向ではなく、人間関係を重視する職場文化。

有給休暇をほぼ全消化する習慣。

8月の長期バケーション。

文化的活動(読書・音楽・映画・博物館鑑賞)への高い参加率。

 

これらは依然として健在で、「人生を楽しむ」文化は揺らいでいない。

制度が変わり、かつてより時間の制約は増えたものの、その範囲で彼らはまったく変わらない姿勢で生きていた。


一方、日本では定年延長が進み、65歳は当たり前になり、今や70歳に照準が置かれている。定年自体をなくそうとする動きすら見える。それは、年齢を引き延ばしているうちに何割かの人は亡くなり、年金は支払う必要すらなくなる、という恐ろしい話にも聞こえる。

 

とかく日本は、昔から働くことが「美徳」されてきた社会であるため、このような動きに対する抵抗は少ないように思う。

 

しかし、私はこの流れには否定的だ。日本の社会は、働き続けることの良い点ばかりを強調し、ひとりの人間が人生をかけて紡ぐ物語に対してあまりにも責任がなさすぎると感じている。

 

「人生を楽しむために生きる」

このラテンの精神を忘れてはならない。

 

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