もうひとつの二十二歳 ―― 同じ歌を前にして

毎朝三時台に床を離れる私は、ふと目が覚めて二時台だったりすると、小さな音でラジオをつけて再び眠りに落ちる。CMがうるさくて苦手なので、テレビもラジオも基本はNHKだ。

今週の「ラジオ深夜便」の三時台は、谷村新司の歌の特集だった。

 

三時半前に目が覚めた。覚めたというよりか、歌のメロディの心を洗われながら、まどろんでいた。

すごく懐かしい歌だった。私の心の奥を掴んで揺さぶる歌だった。

 

『昴』だった。

 

この歌は、私のカラオケ十八番で、布施明の『マイウェイ』とともに、他人が歌うことを容認したくないほどの「私」の歌であった。

いつも家でカラオケ練習に付き合ってくれていた幼い二人の子どもは、学生になってからも、この歌を耳にすると「あ、パパの歌だ!」と言っていたものだ。

 

私は、谷村新司の歌に心を躍らせながら起き上がって着替えると、隣の部屋に移動してすぐにラジオをつけて歌の続きを聴き逃さないようにした。そしていつものようにパソコンの前に座り、数台パソコンのスイッチを次々と入れ、お茶を飲むための電気ポットにもスイッチを入れた。


谷村新司は歌い続けていた。

 

『群青』に続いて『二十二歳の別れ』が流れた。

かつて何度も聴いたことのあるメロディが、一挙に忘れていた懐かしさを呼び起こした。

次の瞬間、私は歌詞を聴いていた。

ひとことひとことが、私の心の中に情景を描いていく。

私は驚いた。

なぜなら、その歌詞の意味に真正面から触れたのは初めてだったからである。

 

二十二歳という年齢の意味すら耳を素通りしていたこの歌の歌詞が、そのとき初めて重みを持って心の中に飛び込んできた。

 

二人は海の見える部屋で一夜を過ごしたあと、女性が別れを決意する。

 

若い頃の私は、その情景や心の動きにほとんど気づいていなかった。

ところがその朝は違った。

女性の迷いや諦め、そして相手への情を残したまま別れを受け入れようとする気持ちに、私の心は強く引き寄せられていた。

 

お互いに想いは残っている。それでも女性は、一歩先に現実を見つめて別れを選ぶ。その切なさが、初めて私の胸に響いた。

 

私は、聴き慣れたこの歌が、実は若さの終わりと大人になることへの戸惑いを描いた、なんと詩的歌だったのかを知ることになった。

恥ずかしながら、若い頃とまったく異なる視点から感動していたのである。


そのあと、『忘れていいの~愛の幕切れ~』、『いい日旅立ち』と続いて番組は時間となった。

 

『忘れていいの~愛の幕切れ~』は何人の女性とデュエットで歌っただろうか。

仕事帰りのネクタイにスーツ姿で、声を振り絞って歌っていたあの頃が思い出される。

 

しかし、思い出されるのは「忘れていいのよ」とか「私のことなど」、「別れの予感」、「自分でちゃんと直すのよ、今日から」、「遠ざかる」、「涙あふれても」、「バスが行くまで」と言った一つひとつの言葉を、感情を振り絞りながら歌っていた自分の姿である。

 

私は恰好をつけて、その言葉群に酔っていただけで、歌詞が描く風景や物語を味わうところまでは至っていなかった。

もしかすると、そうして歌っている自分自身に酔っていたのかもしれない。


私と妻ではその点が昔から大きく違っていた。

 

私はいつも曲から入る。心を揺さぶるのは歌詞全体ではなく、その中にある強い言葉だった。

一方で妻は違う。彼女は歌詞の描く物語に惹かれていた。

私は言葉の輝きに酔い、妻は物語に心を重ねていたのである。

 

そのこと自体は昔から感じていたことであり、特に驚くことではない。だが、この歳になって知らぬ間に自分が変わっていたことには驚かされた。

 

歌は変わらない。

それなのに受け止めたことがまるで変ってしまったということは、知らない間に、私自身が変わりつつあるということを意味している。

 

私の尊敬する父は72歳で他界した。

だから私がその歳を超えることには特別意味があった。父が生きた年月を越えたとき、私は人生の後半を強く意識するようになった。

 

しかし、この朝の驚きは、自分が老いたことではなかった。

 

若い頃には気づかなかった歌の物語が心に入り込み、その登場人物の心情に寄り添っている自分がいたのである。

以前の私は、言葉の響きや強さに心を奪われていた。

ところが今は、その言葉の向こうにある人生や物語に目が向いている。

 

歌が変わったのではない。

私が変わっていたのだ。

 

七十四歳になって改めて出会った『二十二歳の別れ』は、若い二人の物語であると同時に、いつの間にか変わっていた自分自身を映し出す鏡でもあった。

 

 

コメントする