「まぁいいや。なんてことはないんだよ。」

私にとってバイブル的存在である山田洋次監督の「男はつらいよ」は、単なる娯楽映画ではなく、人間として生きる上での大切な教えに満ちている。その教えを挙げ始めたら、羅列するだけでもひとつのエッセイには収まりきらないだろう。

 

その中のひとつが、「まぁいいや。なんてことはないんだよ。」と寅さんが口にするひと言だ。

まさに「なんてことはない」ひと言に聞こえるかもしれないが、いくつかの作品に登場する台詞であり、何気ない言葉でありながら、そこには深い人生観が宿っている。


この言葉が意味するのは、物事を軽く考えろということではない。むしろ、人生にはどうにもならない出来事があることを受け入れ、いつまでも嘆きにとらわれないという姿勢である。

 

その姿勢は作品のさまざまな場面に表れている。寅さんは、傷ついて人の同情を買うような場面でも、普通の人なら自信や希望を失い、落ち込んでうなだれてしまうところを、傷をひきずることなく、一瞬にしてシーンの背景色を塗り替えるようにこのひと言を放ち、あっさりと歩き出してしまう。

 

それは単に前向きになるということではない。

寅さんはよく「そんなときは男だったら黙ってそうするんだ」と語る。

代表的な場面に、「女に振られたときは、じっと耐えてひと言も口を利かず、黙って背中を見せて去って行くのが、男というものじゃないか。」がある。

辛いときでも言い訳や泣き言に逃げないという、寅さんなりの美学が秘められている。

 

この美学は、振られたときだけに限らない。時には相手から思いを寄せられながらも、それを包み込む覚悟が持てず、自ら身を引いてしまう情けなさを抱えたときにも表れる。

 

ある作品で寅さんは、心の底で惚れていた女性に思いがけず愛を告白されたが、その気持ちを受け止める勇気を持てずに怖気づき、逃げるように身を引いてしまった。そんな自分への情けなさを抱えていたとき、妹のさくらが「お兄ちゃん、どうしたの?」と不安そうな顔で声をかけた。

一瞬、そのやるせない胸の内を打ち明けようとして言葉が喉元まで出かかった。しかし、語ったところで何を変えられるわけでもない。そう思うと、「まあいいや。なんてことはないんだよ。」とだけ残し、彼は妹のもとを去って旅に出て行った。

 

この場面は、寅さんという人間像を鮮やかに浮き彫りにしていて、とても印象に残っている。

これは、寅さんの達観した慰めとも言うべきもので、この映画を観る人の心を、思いもしなかった角度から、そっと救いを差し出してくれる。


日常生活で、うまく事が運ばずに、泣き言や愚痴を漏らしたりしたくなることがある。そうしている間は人には新たな力は生まれず、自分やまわりの人を傷つけかねない後ろ向きの方向へ迷い込んでしまうこともある。

 

私もつい最近、まさにそんな状況に置かれたとき、ふと思い出したのが寅さんの言葉だった。

「まぁいいや、なんてことはないんだよ」

そう声に出してみた。

すると不思議なことに、自分も、話を聴いていた相手もふっと肩の力が抜け、思わず笑みがこぼれた。

 

とっても素晴らしいひと言だと実感をした瞬間だった。

 

それから機会があるたびに、その言葉を口にするようになった。正直なところ、こんな何気ないひと言がこれほど気持ちを楽にしてくれる「魔法の言葉」だとは思ってもみなかった。

 

「男はつらいよ」には、このような肩に力を入れずに生きるための何気ない言葉や行動が、大きな力を持つことを教える場面が数多くある。

こうした何気ない言葉の中に人生を生きる知恵を織り込み、人々の心をそっと救うところに、山田洋次の思想の深さがある。

 

「まぁいいや。なんてことはないんだよ。」という言葉は、現実を軽く見るための言葉ではない。受け止めきれないほどの悲しみや悔しさを抱えたとき、それに飲み込まれないための知恵なのである。

 

寅さんは、その知恵を難しい説教ではなく、何気ないひと言として私たちに残してくれた。

 

 

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