私のかつての大学時代の学友だった男とは、今でもやりとりがあって長年の交流が続いている。
彼は最初に勤めた公務員の世界に嫌気がさし、三十になる頃に安定した職を捨てて一般企業に転職した。
当時の公務員の働き方は今ほど厳しくはなく、「闘うことは少なく、年功序列の階段を登っていける」というような側面もあった。
しかし彼は、そうした世界に早くから失望を感じていたようだった。
彼と話していると、折に触れ五十年近く前の公務員時代の話が出てくる。話の脈略に必然性がないときでさえ、当時の体験を引っ張り出してくる。それはふっと思い出すというより、当時の自分が抱いた夢や生き生きとした姿が一気に蘇り、想い出が溢れ出すような様子である。
そのような出来事が続いたとき、私は今まで意識したことのない自分自身の行動に気づいた。
私もまた、似たような反応をしていたのである。
私は三十代の初めのスペイン留学をきっかけに、勤めていた銀行のヒエラルキーの世界に失望し、そこでの生き方を変えた。
部下の全員に向かって優しそうに笑みを浮かべながら行動を褒めていた上司が、後ろからさらに上の上司から部下の行動に不満を漏らされると、くるりと部下の方へ身体を向け、指を指しながら「何をやってるんだ君たちは!駄目じゃないか」と大声で𠮟りつける姿に唖然とした。
それは特別珍しい光景ではなかった。
私は、上司の顔色を窺い、嫌われるようなことをせず、へつらってさえいれば出世の階段を登り詰めていけるヒエラルキーの世界を否定した。
出世のために行動するのではなく、自己実現のために生きようと基本スタンスを大きく変えたのである。
銀行は懐の広い職場で、そんな私の望みを叶えてくれる部署や職務に次々とめぐり合わせてくれた。結果的に、私は銀行員生活で満足できる自分のための経験を積み重ねることができた。
しかし、それでもときおり、「切ってしまった世界」をぼんやりと思い浮かべることがある。
人間はひとつの選択ですべてを満足することはなく、「もし違った道を歩いていたら、どうなったのだろう」という、未練とも欲望とも異なる名づけがたい感情がよぎるものだ。
人生の中で「切る」という決断は、自分の人生の琴線に触れる行為であり、その過去に対する反応は幾つになっても敏感である。
ひとつ誘い水が投げかけられると、次々と思い出がこみあげてくる。
人間は、ひとつの英断を下したときに、自分の心の奥深くに、もう一人の自分を押し込めていたことに気がつかない。
その存在は長い間思い起こされることはない。
英断が大きければ大きいほど、切り開いた世界で大きな歩幅で堂々と歩みを進めていくからである。
しかし、人間の面白いところは、人生から切ってしまった世界を、心の中で完全には葬りきれないところにある。
人生の終わりが近づき、自分が歩んできた人生の姿が確定するようになると、かつて自ら切り捨て、確定しなかったもう一つの世界が静かに姿を現す。
それは、その世界に置き去りにした自分の生の断片であり、それが「切ってしまった世界」の物語として、静かに心に触れてくる。
決して変えられない決別した世界だからこそ、その物語はなおさら深く沈殿し、心の底に残り続ける。