先輩に優しくしてもらった想い出はいつまで経っても忘れない。 その先輩が想い出の中でいつもにこやかに微笑んで暖かく私を見守ってくれている。 私が本当に困っていた時に、身を投げ打ってとは言わなくても「何でそこまでしてくれるのか?」と思う程、私の為に時間を割いて本当に力になってくれた想い出。 それから何十年経った今も忘れない。
良く思い出すのは、新入社員時代にお世話になった支店長だ。 本当に素晴らしい人格者だったし、優しくて落ち着いた誠実な人格者で、私からみたら神様のような存在だった。 歳の頃は40代半ばの方だったのではないかと思う。 40歳なんて今にしてみれば私の息子と大して変わらない若い青年だ。 それでもまだ20代の私からみたら「超大先輩」だった。
私の人生と言う括りの中では、決して外す事のできない優しさをかけてくれた人はアメリカ人の10歳ほど年上の人生の先輩だ。 大学一年生の時にアマチュア無線で知り合ってから毎日2,3時間もの無線通信を通じて英語もアメリカと言う世界も、人生も優しく教えてくれた私の人生の最大の恩人だ。 あの人の愛に包まれた青春の日々は本当に幸せだった。
先輩と言う存在は絶対に追いつく事ができない、あくまでも相対的な関係だ。 それは自分にとってはいつまでも絶対的な存在だ。 先輩はいつまでも先輩で、後輩はいつまでも後輩だ。 親分・子分の関係と同じだ。 その関係は一生続く。 自分が時間軸を外して振り返って見れば、とっくに先輩の歳は追い越してもその相対関係は、一生変わらない。
社会人現役の時代の私の周りにはいつも「子分」がいた。 仕事の世界でも趣味の世界でも、後輩、ないしは子分と呼ばれる人たちが、有難い事にこんな私を慕ってくれて傍にいようとしてくれた。 私は少なくとも外見上は、堂々とした親分肌だったので、後輩たちは私を先輩と言うよりは「親分」として慕ってくれていたと思う。
私は昔から、私を肯定してくれる人達に対しては大きく心を開いていたと思う。 しかし振り返ると、慕って来た子分達に寄り添って優しく思い遣りを寄せて上げる事はなかった。 先輩としても親分としても悔いが残る。
人生の中で、一番の「子分」は二人の子供達だった。 2歳違いのお姉ちゃんと弟だ。 今、彼らの幼児期の写真を見ると、本当にこんなに可愛かったんだろうかと疑いたくなるほど可愛いくてたまらない。 親以外に甘える人も頼れる人も知らなかったあんなあどけない二人を、何故もっと本気になって毎日抱きしめて可愛がってあげなかったかと悔やむ事が多い。
人生の中で先輩や親分達から受けた思いや愛の大きさに較べて、自分が後輩や子分達にどれだけの物を返せたか考える時がある。 本物の親分は、子分に甘えたりはしない。 子分を愛で包み、それで子分から慕われてこそ本物だ。
尊敬する先輩達を思い浮かべると、先輩が更にその先輩から愛されていた姿を見た事はなく、一方的に後輩を大切にしてくれていた記憶しかない。 私は自分自身を振り返り、本当に周りの人への愛情よりか「自分が第一」の人間だったなと反省する事が多い。 人として恥ずかしい限りだ。
こんな私だが、近年になって新たに「一番の子分」が出来た。 4人の孫達だ。 二人の子供達に尽くし切れなかった私の思いを、いま彼らはひとえに受け止めてくれている。