私を貫いてきた行動原理 ―― 早く初めて早く終わる

23歳でわずか10万円の元手を携えファッションの世界に飛び込んだ、原宿の風雲児・松本瑠樹氏。彼は文化創造の拠点「BA-TSU」を立ち上げ、世界的な文化事業を成し遂げた人物として知られている。

 

その松本氏がテレビ番組のインタビューで語っていた一言が、私の心を強く捉えた。

 

「大手と土俵を同じにしない。早く始めて早く終わるのが、小さな会社が勝てる秘訣だ。」

 

この言葉は、私が現役最後に挑戦したタイムラプス撮影事業で経験した小さな成功を、見事に説明していた。


2010年代初頭、日本ではまだ「タイムラプス」という概念がほとんど知られていなかった。縁あってその技術をいち早く手にした私は、幸運な追い風を受けて事業を順調に成長させていった。

2019年には長期タイムラプス遠隔撮影システムの開発に到達し、そこから事業は飛躍的に拡大した。

しかし、数年を経て、事業の隆盛が頂点に達した2025年、私はすべてを手放し、静かに業界から退いた。

 

私の事業は、多くの企業が長い時間をかけて大きく成長していく姿とは対照的だった。

市場の片隅に小さな旗を揚げて誕生した実験的な事業が、未経験の技術への需要集中によって一気に注目を集め、そしてその熱が冷める前に幕を閉じた ―― そんな短い軌跡だった。

 

廃業後、撮影システムとその技術を継承したいと申し出てきた事業者に、すべてを伝承した。

彼らはそれを活用して事業の多角化を進めているが、なぜか私が全国を飛び回っていた頃のような勢いは見られない。

当初はその理由が腑に落ちなかったが、いま振り返れば、いつの間にか「大資本」が開発した、画質は劣るものの同様の撮影が可能な安価な製品が広まってきたことが影響しているのかもしれない。


「早く始めて早く終わる」という姿勢は、私が趣味でも仕事でも「人がやらないこと」を選び続けてきた人生の金科玉条のようだ。

 

十代で業界より一歩早く着目して完成させたカラオケシステム。

二十代で自作したキャンピングカー。

天体写真の分野でアメリカ製の特殊機材を導入、遠方銀河の撮影に挑んだこと。

マチュア無線で新しい短波帯18MHzが解放された際、いち早く大型アンテナ(7エレメント・フルサイズ八木アンテナ)を建て、18MHzでの海外交信の先駆的な道を切り開いたこと。

どれも、誰よりも早く始め、そして皆が追従し始めると、私はあっさりと手を引いた。

 

競走したかったわけでも、目立ちたかったわけでもない。

ただ、新しい領域に最初に足を踏み入れるとこが、私にとって何よりも魅力的だったのだと思う。

 

今となっては、あの時代の挑戦も、いま同じことをしても私の心を動かすほどのものではなくなってしまった。

しかし当時は、自分が真っ先に実現した世界に強い達成感を覚え、その手応えを確かに味わっていた。

そして次の瞬間には、すでに新しい挑戦先を見据えていた。

 

「早く始めて、早く終わる」という言葉は、

大資本と同じ土俵に立たず、未踏領域に最初の旗を立て、成熟の兆しが見えた瞬間に静かに退く ――

そんな個人の戦略として、私の人生を貫いてきた行動原理だったのだと思う。

 

 

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